Melts in your mouth
洗剤なのか柔軟剤なのかは不明だけど、兎に角安っぽいフローラルの香りを放つシーツの上に私の長い髪が疎らに広がった。一体どういう冗談のつもりなのか、私の上に跨っている平野のせいで身体が異常に深くベッドに沈む。
やがて鼻を掠めたいつもいつも隣から香る甘くてお上品な平野の香りは、職場で感じるよりもずっと濃かった。睫毛を伏せる様にしてこちらを見下ろす色っぽい男を睨み付ければ、相手の口許には三日月が浮かぶ。
「すみません永琉先輩、それは秘密です。」
「は?」
「永琉先輩が俺の恋人になってくれたら教えますね。」
「そんな日は一生来ないから。」
「分かりませんよ?だって俺、本気ですもん。」
「……。」
「それから、私には関係ないって言うのやめて下さい。」
「何でよ。」
「何でって、俺がこの仕事をしているのは少なくとも永琉先輩に関係があるからに決まってるじゃないですかぁ。」
「意味分かんない。」
眉を顰めてぐしゃりと顔を崩した。それなのに、ふふっと愉快そうな相手の柔らかい声が耳を突く。突然勢いよく倒れたせいで私の首に絡みついている髪を払った平野の手が自然な流れで私の頬を撫でるから、吃驚して目を見開いた。
相手の吐き出す二酸化炭素が頬に触れるまでに近かった。そんな、睫毛と睫毛が絡まってしまいそうな距離にある生理的に嫌いな男の麗しい顔。
生理的に嫌いなはずなのに、平野の手が私の頬をなぞっても嫌悪感を抱かなかない自分がいる。その事実が無性に悔しくて腹立たしい。
「こう見えて俺、永琉先輩に拒絶される度に結構傷付いてるんですよ?」
「離れて。」
「それから、どうして永琉先輩は俺を見てくれないんだろうってむしゃくしゃしてます。」
「うるさい、離れてってば…「嫌です。」」
嗚呼、ムカつく。どうしようもなく、あんたにムカついて仕方がない。
恐らく私服姿であろう平野は、オフィスで見る時とはまた違う雰囲気を纏っている。自分の顔やスタイルを熟知し尽くしたかの様なコーディネートは、ファッション誌に載っている読モより遥かに画になっている。
何をやっても易々と己の物にしてみせるそういうあんたが、私は嫌いなんだ。
「やっと、やっと手に入れたこの機会を逃す気なんてないです。ねぇ、先輩…。」