Melts in your mouth
かつてない屈辱感を前に私は下唇を思い切り噛み締めた。まず一つ目の屈辱は、この男に組み敷かれた事。二つ目はこの男に服を脱がされた事。三つ目はこの男に抱かれるなんて想像を少しでも膨らませてしまった事。そして四つ目が平野に弱味を握られてしまった事。
屈辱だらけだ。一生分の屈辱を味わった気分だが、まだギリギリで二十代を生きている私の人生の先は恐らく長い。それなのに現時点でかなり詰んでいる。
「…何してんの。」
「何って、大好きな永琉先輩が風邪引いたりしたら大変だから乱れた服を直してます。」
誰のせいで求められてもいない肌を出血大サービスしたと思ってんだ。随分と他人事だな?あん?おん?
沸々と湧く憤りは煮えたぎっているが、理性で蓋をしてゴックンと呑み込んで、私のシャツの釦を留めている平野の手を払って「自分で直せるから」と小さく零す。
深くて長い溜め息を吐き出して鋭い眼光で平野を一瞥したが、「永琉先輩と目が合ったぁ。嬉しい~」という実に平和ボケした感想を吐かれて余計に苛立ちを覚えた。
どうやらこいつには私を犯すつもりは本当に更々ないらしい。四捨五入したら男と弟に揶揄される私だが、一応自分の身体は大切だ。だからこそ、平野に犯されなくて良かったという安堵感がこの状況において唯一の救いだった。
正直ちょっと…いや、かなり恐かった。今から平野に無理矢理抱かれてしまうのかもしれないと思った途端、身体に力は入らなかったし、動悸は激しくなったし、脂汗が止まらなかった。
嗚呼、私は、ちゃんと紛れもない女なんだ。そんな当たり前の事を思い知らされた。
ブラ紐を戻してブラウスの釦を上まできっちりと留め、胸元のリボンタイを結ぶ。キル系のゲーム内で銃弾や薬草が落ちているみたいに、都合よく麻酔銃とか落ちてたりしないかな。
あったら飛びついて平野目掛けてぶっ放ち、あいつが気絶した隙に私のおどろおどろしいグラビアショットを削除できるのにな。
「十枚以上は写真撮ったので消すなんて無理ですからね、せーんぱい♡」
「人の思考勝手に読むな。ていうかお前もさっさと服着直せ。」
「もーう、肌を見せ合った仲なのに相変わらず冷たーい。」
「いかがわしい言い方やめなさいよ、誤解しか生まないんだから。」
「既成事実があるので大丈夫です。」
身体を拘束していた重みが消えたのを機に上体を起こした私の目前に突き付けられたカメラの液晶画面。そこに映し出されているのは無論、平野 翔によって捏造された既成事実を裏付けるピクチャー。
なーにが既成事実だよ。お前の完全な計画的犯行だろうが。
「……分かったからもうその写真見せてくんな、気色悪い。」
心の中で中指を立てながら視線を逸らした私の耳を「えー?何言ってるんですか」そんな一言に掠められ、私の視線は再び平野の顔へと投げられた。