Melts in your mouth


は?


鬼気迫る雰囲気に圧倒された私が結芽の言葉を理解するまでに数秒を要した。そして理解する頃には「あ、電車来たから切るね。続きはLINEする」そう言われ一方的に通話を終了された。


何じゃこいつ。私が暇だとでも思っとんのか。今に始まった事ではないが、いつになく自由気ままに人を振り回す親友に不満を覚える。



『ノラ君が辞めちゃった(号泣)』

『聞いた』

『もう生きていけない』

『推しとのお別れの時、毎回同じこと言ってんの草』



ポツポツ落ちていた雨が段々と強さを増して激しく地面を叩き出した。屋根のない部分のタイルが瞬く間に濡れていく様を見守っていると、結芽から墓のスタンプが送られてきた。



『何で辞めるのって訊いたの。』

『うん』

『そしたら…そしたら…』

『早く言え』

『片想いしてる相手がいるから辞めるって言われた…しかもその時のノラ君めっちゃ美しかった…私には見せた事ない笑顔見せてた…死…』



「え…。」



軽快に返信の文を打っていた指が結芽からのメッセージでぴたりと止まった。黒い雲から遠慮なしに落ちる雨。それに打たれながら勢いよくホームに入って来た電車の扉が、アナウンス音を流しながら目前で開いた。


人の波に呑まれるがまま乗車して、偶然空いた席に腰を下ろす。すぐに扉が閉まり電車がホームを後にする。車窓から流れる景色は、窓に張り付いた雨粒のせいで濁っていてよく見えなかった。



『ずっと好きな人がいて事情があってこの仕事してたけど、もうやる必要がなくなったから辞めるんだって😭てかノラ君に片想いさせてる奴どんな女なん?前世どんだけの偉業残したん?』



空模様並みに荒れている親友からの新着メッセージを読んだ私は簡潔に『ドンマイ』と返事を送って、スマホの画面を暗くした。不意にそこに映り込んだ自分は若干頬が緩んでいる様に見えて慌てて自分の頬を抓る。普通に痛い。


だけどそうでもしないと、柄にもなくにやけてしまいそうな気がしてならなかった。


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