Melts in your mouth
山田が勤務している規模の大きい広報部とは違い、sucré編集部のオフィスは可愛く言うとミニマムである。だけどもうすっかりここがホームに感じる自分がいる。
「おはようございます菅田先輩。」
既に出社している先輩に挨拶しながらデスクに向かっていると、ひょっこりと登場した人物が私の前で破顔した。うちの会社のファッション誌に配属希望だったらしい彼女の顔にはトレンドを押さえたメイクが施されていて、オフィスカジュアルな装いも大変にお洒落だ。ヘアアレンジもアクセサリーも毎日変わっている。
コーディネートを考えるのが怠くていつもクローゼットの中で一番最初に目に入った服を着ている私との熱量の差は、火を見るよりも明らかである。
そんな彼女から「菅田先輩」と呼ばれる事にも、漸く耳が慣れて来た。
「おはよう、中島《なかじま》ちゃん。」
私が平均よりも背が高いせいなのだろうか、私が教育係を務めることになった中島ちゃんが可愛らしくて仕方がない。顔は可愛いけど毎回私をブンブン振り回している草間 結芽を彷彿とさせるけれど、中島ちゃんは結芽なんかよりもずっと礼儀正しくてしっかりしている。
ついでに言うと、どっかの生意気で飄々としている後輩とも比べ物にならない程に一緒にいて心地が良い。
これだよこれ!!!入社して二年目以来、私がずっとひたすらに求めていたのはこういう可愛さに満ちている後輩なのよ!!!
ここだけの話、顔にこそ出さないが、中島ちゃんの愛らしい声で「菅田先輩」と呼ばれる度に心がときめいている。気を抜いたらだらしなく頬を緩めてしまいそうになる。
「ふふっ。」
「中島ちゃんいつも元気だけどいつになく楽しそうだね。」
「はい。私、ファッション誌編集に配属されなくて最初こそは憂鬱になってたんですけど、sucréの編集部になれてとっても毎日が楽しいです。」
「珍しい。」
「教育係が美人で有名な菅田先輩に決まった時も最高に嬉しかったです。」
「え?どの辺で有名なの?それ誤報じゃない?」
「えー!?菅田先輩本当にご自身がどれだけ有名か知らないんですか?ファッション誌編集部に行った同期が、菅田先輩をファッション誌に異動させようっていう話が何度も出てるらしいって言ってましたよ。」
「初耳。」
「……菅田先輩がいなくなるとsucréが屍になると毎年髙橋編集長が上層部に泣きついているそうです。」
「中島ちゃんもしかして副業で情報屋でもしてる?」