Melts in your mouth
平野が現れるまで大きな黄色い声を上げていた新入社員をちらりと一瞥すれば、三人揃って平野なんかに骨抜きにされているって感じの表情を浮かべていた。
「やっほー、もしかして新しく配属された新入社員の子達?朝早くから出社して偉いね。」
「「「……っっ。」」」
顔良い奴ってつくづく得だよなぁと胸中で呟く。ヒラヒラとお手振りをして、ほぼ初対面のはずなのにもう彼女達と距離を縮めてしまえるのが平野という男の忌々しい所だ。
そういやこの男は入社した時からこうだったっけ…。
「メール送信が完了しました」とPC画面に表示されている小さなウィンドウをぼんやりと見つめつつ、平野という妖怪にファーストコンタクト及びワーストコンタクトをした日の事を反芻《はんすう》した。
………———。
そこまで遡る程の年月もないけれど、今から約五年前。『sucré』編集部内は十年振りに男性社員が配属されるらしいという噂で盛り上がっていた。
当時私はまだまだ駆け出しとも言えるレベルに達していないヨチヨチの二年目で、たった一人で、しかも男性で、この月刊女性マンガ誌の編集部に配属される事になったらしい人物の名前が記された用紙に視線を落として同情していた。
恐らく私が平野に同情なんて甘っちょろい心を向けたのは、後にも先にもあの瞬間だけだったと今では強く確信している。
「平野 翔」読み仮名がふられていないその名前を初めて見て、「お、もしかしなくてもこれはあの飛ぶ鳥を落とす勢いの、キラキラしているアイドルグループのセンターと同姓同名か?漢字は違うけど同姓同名か?」なんて想像を呑気に膨らませていた。