Melts in your mouth
心臓が激しく揺さぶられる感覚に犯される。熱を孕んだ頬は、間違いなく紅潮していると思われた。
平野は、狡い。私から見た平野はいつだってふざけてばかりで、どれが本気でどれが冗談なのか分からない言動しかしない男だ。だからこそ、こんな馬鹿正直に綴られた字に動揺してしまう。ふざけてもいないし冗談でもないと分かるからこそ、スプーンの先が触れている短い一文に自分の動悸が速くなる。
まだふざけてくれていた方がマシだっただろう。まだ冗談を書いてくれていた方が己を保てていただろう。そうしたら普段通りに悪態の一つや二つ付けられたのに。そうしたらいつもと同じように毒を吐けたのに。
それなのに、狡い平野が私の調子を掻き乱す。
こんな風にドクンドクンと胸を高鳴らせるなんて、私らしくない。恥じらうように顔を火照らせるなんて、私らしくない。全然、私らしくない。
「ふざけんな、こんなの…。」
ねぇ、平野。お願いだから、これ以上私を揺さぶらないで。これ以上、私に意外な一面を披露しないで。これ以上、私を唆《そそのか》さないで。
もう本当にこれ以上は駄目だ。これ以上掻き乱されると私はきっと……。
「こんなのチートだろ、馬鹿。」
自分が自分じゃなくなってしまう。
あんたの前で、先輩の菅田 永琉になれなくなってしまいそうで怖い。性格が歪んでいて、唯一の後輩だったあんたを煙たがって、あんたのふざけたアピールに棘のある言葉を返す…そんな私が崩れてしまいそうで怖い。どうしようもなく、怖い。
『タコライス、美味しかった。ごちそうさま』
平野との会話画面で初めて右から吹き出しが付いた。友達追加するつもりなんて更々なかったのに、新しい友達の欄に『平野 翔』の名前が追加されている。すぐに既読の字が私の投げた文の横に付いて慌てふためいた。
『初めて永琉先輩からメッセージ貰った記念にスクリーンショット撮っちゃった🥺』
『あ!だから今日は雷雨なんですね!』
私がアプリを閉じるよりも先に届いた返信に、「バーカ」その場で声を漏らした私の口許は緩んでいた。