Melts in your mouth
二人でもつ鍋を食べる時、いつも山田がこうして取り分けてくれるんだよな。そしてそれに私は甘えてしまっているんだよな。
相手の手から器を受け取った私は、自分の分を取り分けている山田の姿を眺めながらどうしてこんなに良い男なのに浮いた話が一つもないのだろうかと失礼な事を思った。
「「うまっ。」」
ほぼ同時に私と山田の声が零れた。高校の時にミスターコンテストで見事一位に輝いた実績を持つ山田の顔に双眸を向けて、これは間違いなく美味しいという意味を込めながらコクコクと首を縦に振る。
「ん、気に入ってくれたみたいで嬉しい。絶対菅田も好きだと思った。」
私の反応に対して柔らかく目を細める山田が、頬杖を突いている。まるで食べ盛りの我が子がご飯にがっついている様子を満足気に見守っている母親みたいな包容力が、相手の視線には含まれていた。
取り分けられた量を易々と平らげれば、私が手を伸ばすよりも先に山田が空になった器を取って次の分をよそってくれる。「私の事は気にしないで山田も食べてよ」と言っても、「菅田こそ気にしないで。俺が好きでやってるからやらせて」と返って来る。
こんなに気配りのできる人類なんて山田しかいないんじゃないだろうか。性格だって優しくて穏やかで頼りになるし…こりゃあ出世コースまっしぐらだろうな。
そういえば、数年前に山田が最年少で広報部のプロジェクトリーダーになったという情報を髙橋編集長が何処からか入手したらしく、滅多に見せない程に目をギラギラさせた髙橋編集長が「山田君、sucré編集部に異動してきてくれないかしら?なーんてね、こんなカースト最下層の編集部に来てくれる訳ないわよね」と全く笑えない自虐ネタを吐いてケラケラ笑っていた。
あの時既に胡散臭い平野を後輩に持っていた私は、己の置かれた状況に頭が痛くなったと同時に、同期でありながらすっかり必殺仕事人になっている山田が何だか遠い人になった様な気がした。
その後にsucréで連載されている漫画がヒットして、月刊女性マンガ誌『sucré』が社内でも認知される様になったから良かったものの、あのまま低空飛行を続けていたどうなっていたのかと考えるだけで戦慄が走るのは言うまでもない。
「菅田、平野の事が生理的に嫌いって言ってたじゃん?」
「言ってたね。」
「昼休み一緒とか辛くねぇの?無理してたりしない?」
てっきり「諸事情」の三文字で誤魔化している部分を根掘り葉掘り訊かれるのかと思っていたからか、心配そうな面持ちで山田が寄越した質問受け取った私は僅かに目を見開いた。