Melts in your mouth
女性漫画の編集者としてのキャリアをスタートさせた私が一番最初に躓いたのは、世間一般的な女性の胸キュンポイントが全く分からないという致命的な障壁だった。
殆ど無縁だった少女漫画や女性漫画を取り敢えず読み漁って、むずキュンとかじれじれと評されて女性人気の厚いドラマを手当たり次第に鑑賞し、場違い感を覚えながらもsucréの編集者という己のタスクに喰らい付いてきた。
努力の甲斐あってか、今ではすっかり「あ、こういうシーンとか読者受け良さそうだな」と何気ない日常の中でも感じるようになったし、漫画家先生との今後の展開に関するやり取りに苦手意識を抱かなくなった。
正直、未だにどんな作品にも胸キュンした事はないし、やっぱりどうしても私の興味や関心や意欲をそそるのは、何処かの男女の恋愛よりも、己が課金しているゲームのレベル上げやイベント報酬の方だ。それはキャリアをある程度積んだ現段階でも揺るがない事実だ。
で、ここまで散々長々と語ってるけど結局お前何が言いたいん?この愚にも付かない小説を読んでいるそこの貴方はそう思った事だろう。それじゃあ手短にお伝えしようと思う。
「ずっと菅田に恋してんの、俺。」
この展開、もしかしなくても私はsucréの呪いにかかってsucréに連載されている物語の中に迷い込んでしまったのではないだろうか。ちょっとだけ気まずそうに唇の端を持ち上げた山田に告白された私が思った事は以上である。
「……え、山田酔ってる?」
なんかこういうシチュエーション、女性受け良さそうだな。次、展開の相談を持ち掛けられた時に漫画家先生に言ってみようかな。この期に及んで仕事脳を働かせている私は、女として本当に可愛くない。自分でも分かる。
そして告白された後の第一声も恐ろしいまでに可愛げがない。私が山程読んだ漫画のヒロイン達はこんな時、こぞって赤面して瞳を橋本環奈くらいチュルンチュルンにさせてたのに。
心拍数は上がっているけど、アルコールが原因なのか山田の不意討ちが原因なのかが不明。大凡前者で間違いない。自分で軽蔑するくらい頭も心も冷静だからだ。
「かもな。結構酔ってる自覚ある。」
「やっぱり。あそこにコンビニあるから水買って…「でも、ちゃんと理性もあるから。」」
数十メートル先に佇んでいる青と白が特徴的なコンビニへ行こうとした途端、ぐいっと手首を強く引かれ、傾いた私の身体が着地したのは熱い体温の中だった。頬に密着しているシャツから山田の香りがした。
何より、シャツ越しに聞こえる山田の心音が、激しかった。