Melts in your mouth
ぎゅっと身体をきつく抱き締められている。自分の置かれた現状を理解するのはそこまで難しくはなかった。
「理性がある上で菅田のことが好きって言ってんだけど?」
「……。」
「だから逃げんなよ。」
“頼むから、逃げようとすんな、菅田”
縋る様に耳元で吐き出された山田の声は、微かに震えていた。
嗚呼、どうしよう。ここで漸くそう思った。できることなら今すぐここで気を失いたい。そんで目覚めたら記憶喪失したフリをする。そしたら何事もなかったように繕えるかもしれん。
そしたら、友達のままでいられるかもしれん。仲の良い同期のままでいられるかもしれん。その方が良かった。だって、どっちも傷付かないじゃん。だって、どっちも苦しくないじゃん。…って、そんなの私のエゴに過ぎないか。
山田は今まで私の何気ない言動で傷付いてきたかもしれない。苦痛を強いられていたかもしれない。
だけどごめんな山田、私はクソみたいに自己中な女だから、山田とこれまでみたいな関係性が不変なままずっとずっと続いて欲しかったなんて生温い願望を抱いてしまってる。
「いつから?」
「ずっと。」
「ずっとって?」
「高校生の頃から。」
「ガチでずっとじゃん。」
「言っただろ?俺、超菅田一筋だから。舐めんな。」
返答に困る。大変困る。最低だから、こんなクズの何処が好きなの?てかよくこんな人間を一途に想えるな山田!?!?って口を滑らせてしまいそうだ。
思ったことを口に出してしまわぬように、一旦唇を固く結んで山田の顔を見上げる。眼を細めてはにかんでいる相手の端整な顔だけが視界を独占する。雨粒がポタリと落ちる音以外、沈黙にも似た静寂が辺りを包んでいる。
でも確かに、私と山田の関係性が崩れていく音が聴こえた。
「何でまた急に?」
「このままだと一生菅田気付いてくれなさそうだったから。」
「…ぐぅの音も出ない。」
「ハハッ、だろうな。」
実際、つい数分前まで私の使い物にならない勘は、山田から寄せられている好意を一度も察知できなかった。
「あーやっぱりどうしようもなく、菅田が好き。」
「うっ…流石にこれ以上好きと言われると恥ずかしいから自重して頂いても宜しいですか。」
「好き。」
「話聞いてたか!?!?」
「これくらい言わねぇと、菅田は本気で向き合ってくれないだろ。」
「……。」
「返事は今じゃなくて良い。ただ、覚えておいて欲しい。俺が菅田を好きだってことを。」
山田の心臓の音が更に加速するのが分かった。相手が緊張している事が嫌でも伝わる。それから、ちゃんと私を想ってくれているんだなって実感する。
首を軽く捻ってこちらからの返答を待っている山田に対して開口しようとした瞬間だった。
「やーだね。そんなこと、永琉先輩が覚ておく必要なんてないじゃん。」
絡まっていた私と山田の視線を絶ち切るかの如く、第三者の図々しい一言が突然その場に投じられた。