Melts in your mouth
もしかすると実際に涙を流していたのかもしれない。本当に泣いていたのかもしれない。ぐしょぐしょに濡れた平野の綺麗な顔を伝う雫は、雨なのか涙なのか判然としなかった。
「自分が子供っぽいって分かってます。もっと余裕のある大人でいたいのに、永琉先輩はいっつも俺が必死で作った平野 翔をいとも簡単に崩す。」
「…私のせいかよ。」
「そうですよ、永琉先輩のせいです。」
「……。」
「こんなに苦しいのに…こんなに苦しいのに、毎日永琉先輩に恋してしまう。今日だって、今だって、俺は永琉先輩に恋してる。俺だけを見て欲しいって彼氏でもないのに独占欲を膨らませてる。」
ぐしゃりと表情を乱れさせた平野が、私を掴んでいた手で腕を撫でて、這う様に滑ったそれがやがて私の指を絡め取った。
「何で恋人繋ぎなんだよ、頭沸いてんのか」これまでの私なら、眉間に皺を寄せてそんな毒を吐き散らしていたかもしれない。お世辞にも可愛いとは形容できない表情で、当たり前の様に平野を突き放していたかもしれない。
それ等を躊躇ったのは、目前に立っている平野が弱り切っていたからだ。それから…。
「山田さんじゃなくて、俺を好きになってよ、永琉先輩。」
「…っっ。」
それから、平野に心臓を掴まれたみたいに、ドキリと大きく脈を打ったからだ。だから私は、平野に毒も吐けなかった。だから私は、こいつを突き放せなかった。
雨に濡れたアスファルトには、夜のネオンが反射して滲んでいた。一人は傘の中で、一人は傘の外で濡れている私達を沢山の人が追い越して駅の改札へと歩いていく。
水も滴る良い男なんて言葉があるけれど、今のこいつにぴったりって感じだ。無造作に髪がセットされていなくても、お洒落な服が濡れて台無しになっていても、ムカつく程に平野は綺麗だった。
「あんたの手、冷たくなってる。」
「ふふっ、永琉先輩に温めて貰うから平気です。」
「馬ッッッ鹿じゃないの。」
「アハハ~、冗談で…「今日だけだから。」」
「…え?」
「仕方ないから、今日だけは温めてあげる。私に傘をさす為にあんたが濡れて冷えてるんだから、温めないと私最高に嫌な女じゃん。」
「え~そんな事ないですよ~。ていうか永琉先輩が珍しく優しいからこんな豪雨になっちゃったのかも。」
「あ?何だと?じゃあもう良い。自分でどうにかして温めろ。」
元気は半分以下なものの、平野らしさが戻った相手の口調にほんの少しだけ腹が立って手を振り払おうとしたけど、まるで私がそうする事を読んでいたかの様に絡まった指をギュッと強く締められてあえなく失敗に終わる。
「ねぇ、永琉先輩。」
「何よ。」