おこぼれ聖女と魔眼の騎士


店から治療院までは歩いて十五分くらい。
街の中心部に向かって歩けば、牛乳屋のおじさんとか市場帰りの花屋のおばさんとすれ違う。

「おはようございます」

「おはよう、エバちゃん。今日も元気だね」
「セバスじいさんに、また腰痛の薬を頼んでおいてくれ」

「毎度ありがとう! じいちゃんに伝えておきますね」

町の人から気軽に声をかけてもらえるのも、じいちゃんが信頼されている証だろう。

『セバスじいちゃん』って呼んでるけど、私は血の繋がった孫娘じゃない。
理由があって、二年ほど前にじいちゃんの養女になったんだ。



***



そもそも、私に身よりはいない。
王都のはずれにあるトール修道院の前に捨てられていたそうだ。
痩せこけたちっぽけな赤ん坊が弱々しい鳴き声をあげていたところを、修道院のテレジア院長様が保護してくださった。
身分や名前を証明するものはなにひとつ身に付けていなくて、ボロボロになったおくるみに包まれていたらしい。

『もう助からないかと思ったのよ』とテレジア院長様は当時のことを話してくださるが、もちろん私の記憶にはない。

修道院にはよく捨て子があるから、珍しい話ではない。
家が貧しくて育てられなかったり、生まれたことを知られてはいけなかったり事情はそれぞれだ。
私も何らかの理由で捨てられたんだろう。

『エバ』と名付けて育ててくださったのも、テレジア院長様だ。
テレジア院長様はいつも穏やかな微笑を浮かべておられて、質素な修道服をまとっていても美しい方だ。
もうひとりトール修道院に欠かせないのが、テレジア様をお支えしているソニア副院長様だ。
とても恰幅のいい方で、孤児たちが悪戯をしようものならこっぴどく叱られたものだ。

修道院に食料を届けてくれるおばちゃんがコッソリ教えてくれたのだけど、院長様は昔は貴族のご令嬢だったそうだ。
なにか事情があって、侍女として仕えていたソニア様とふたりでトール修道院に入られたらしい。

『ま、子どもは知らなくていいことだけどね』

そう言って、おばちゃんも詳しい理由までは教えてくれなかったっけ。





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