おこぼれ聖女と魔眼の騎士
「この井戸はもう使えませんね。完全に水が枯れています」
「ええっ⁉」
区長さんは残念そうだ。ここは井戸を中心にした住民たちの憩いの場でもあったのだろう。
「その代わりに、この近くに井戸を掘りましょう」
「どこなら水が出てきそうだい?」
「そうですねえ……」
私は枯れた井戸から二十歩ほど歩いて、広場の端っこを指差した。
「ここはどうでしょう」
「おお、ここかい? ここなら水がありそうかい?」
「はい」
「さっそく井戸掘り職人を呼ぼう!」
区長さんが隣にいた部下に指示を出すと、その人は駆け出して行った。
それを見送ってから治療院へ帰ろうとしたら、さっきの髭の騎士が怪訝そうに声をかけてきた。
「ほんとにここに水が出るのか?」
「はあ。おそらく」
「信じがたいんだが……君は神殿の治療院の治癒師だろ? 井戸のことは素人なんだからいい加減なことを言われてもなあ」
この騎士は、どうやら不満らしい。
それに子どものような私が指示したのが気に入らないのか、ニタニタと嫌な笑い方をしている。
「ですが、噂ではこの子はあちこちの井戸を救っているらしく……」
区長さんが額の汗を拭きながら私の弁護をしてくれる。
いくら区長さんとはいえ、騎士様に意見を言うには勇気がいったはずだ。
「そんなもの、たまたまだろう。専門家を派遣するように上に言っておくから、井戸はこのままにしておくように」
偉そうに胸を張って、髭の騎士が命令口調になった。
「そんな! すぐにでも水がなければ私たちの暮らしは大変なことになってしまいます!」
区長さんは焦っている。
騎士から上司に伝えたとしても、すぐに専門家が来てくれる保証はない。
もしかしたら、何日、いや何週間もかかってしまうかも。
区長さんの顔を流れる汗がどんどん酷くなっていく。