おこぼれ聖女と魔眼の騎士


「当時は、王都の近くの森に瘴気が溢れ、魔獣が現れたと大騒ぎになっておりました」

メアリは何年も前のことなのに、恐ろしかったことを思い出したのかぷるりと震えた。

「なにがなんだかわからないうちに、世の中が変わってしまったのでございます」

当時はまだ王太子だったルドルフ国王には、確かに幼なじみの婚約者がいたという。

「リビングストン侯爵家のテレジア様でございます」
「リビングストン? たしか、後継者がいないから爵位を返上した家だと聞いているが」

「それは……」

魔獣討伐で功績のあった聖女様へのご褒美として、王太子様との結婚が決まったからだとメアリは言う。
娘の婚約をなかったことにされたことへの無言の抗議というべきか、リビングストン侯爵家は爵位を返上してこの国から出ていってしまった。

「では、ご令嬢もご家族と一緒に国外へ?」
「いえ、婚約者様のことは不思議なくらい、存在すらなかったことにされたみたいで私にもわかりません。気がついたらリビングストン侯爵家はこの国から消えていましたし、ご令嬢は修道院へ送られたとか、世を儚んで自害されたとか噂になったくらいです」

大貴族の令嬢の存在がわからくなるなんて、よほどのことがあったとしか思えない。
王家かリビングストン侯爵家か、もしかしたら両方が隠したんだろう。
とにかく元婚約者の実家は由緒ある侯爵家で、すでにこの国にはないというのは確かだ。

「ずいぶん前に、王都のはずれにある小さな修道院でテレジア様を見たという話を聞いたことがございますが、それも本当かどうか」

王太子の婚約者という貴族の女性としては限りなく名誉な立場から一転して、婚約は白紙にされて実家も国から出ていった。
その女性がこの国で暮らしているとは思えない。
テレジアという女性は生きているだろうか。もし生きていたとして、どんな人生を歩んだのだろう。





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