ただ…傍にいたいだけ…
ゆっくり歩いて、20分程の所にあるマンション前。

「━━━━ここ?」
「うん」

ヤベ…離れたくねぇ……

「じゃあ、また日曜日ね!
あ、番号教えて?」
「うん」

時間、止まんねぇかな……

「━━━━━あ、あのさ!」

「ん?」

「タクシー、ここに呼べよ。
雛葉がタクシーに乗ったら、ちゃんと帰るから!」

「わかった」


マンション前の石段に、俺達は並んで座った。

ただ、それだけで……
俺は、幸せだった。

「琉輝くんのお父さんとお母さんは、何してる人?
このマンション、高いよね?」

「二人とも、弁護士。
事務所は違うけど、二人ともそれなりにいい事務所に勤めてるらしい」

「凄いね!」

「んー、凄いんだろうけど……
親としては、最悪だな!」

「え?」

「俺には、家族の思い出ってのがほとんどない。
今は慣れたけど、飯はいつも一人だったから、飯が美味しいって思ったことがない」

「琉輝くん…」

「休みの日に遊園地とか、旅行とか……
そんな思い出もない」

「………」

「でもさ」

「ん?」

「雛葉のいる“あの定食屋”での飯は、最高に美味しい!
雛葉が“お帰りなさい”って言ってくれるだろ?
初めて言ってくれた時、俺…実は泣きそうだったんだ……!
家に帰って“お帰り”なんて、言われたことねぇもん。
誰もいない、冷たい家にいつも帰ってたから」

「そっか…!
…………また、言わせてよ?
だから、また来てよ!」

「あぁ!」


それからタクシーが来て雛葉が乗り込み、俺はタクシーが見えなくなるまで手を振っていた。
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