捨てられ令嬢は溺愛ルートを開拓中〜ひとつ屋根の下で始まる歳上魔法使い様との甘いロマンス〜
クララとクロウ
早朝の薄い陽射しが差し込むキッチンに、とんとんとん、と軽やかな音が響いている。
クララは朝食の支度をしていた。
時計を見る。そろそろ起こさなければならない時間だ。
香菜を切る手を一旦止め、濡れていた手を布巾で拭うとクロウの部屋へ向かった。
「クロウ、そろそろ起きて! 朝ごはんできるよ!」
ノックもせず、部屋の扉を開けて半ば叫ぶように言うと、部屋の中央にあるベッドの物体がもそりと小さく動いた。
「……ん。ごはん……」
眠そうな声が聞こえる。
「まったくもう……」
クララはベッドに近付くと、容赦なくシーツを剥いだ。
「顔洗って、歯を磨いてきて! ほら、新学期! シャキッとする!」
「んん……」
純白のシーツの下に隠れていたのは、雪のような美しい容姿の男だ。
白銀色の少し癖のある長髪に、深紫色の瞳。
端正な顔立ちと甘い声を持つ見た目二十代半ばのその人は、今年で十六歳になるクララの養父、クロウである。
養父の名は、クロウ・ユーリシアという。
王国随一の魔法使いで、クララが通う聖マリアンヌ学園の教員という肩書きを持つクロウだが、家ではただのぐーたらな男である。
「クララ……ん……もう朝? もうちょっとだけ寝かせて……」
ぽやんとした声を出す養父に、クララはため息を漏らした。
「もう……寝癖ついてるよ」
「んー……」
クロウはぼんやりした顔のままむくりと起き上がりながらも、その瞼は完全に落ちきっている。
手櫛で寝癖を直してやると、気持ち良かったのかクロウはくしゃっと嬉しそうな顔をして頭をクララにもたげさせてくる。また目を瞑った。
「重いし……って、なに二度寝しようとしてんの」
「クララの手が気持ちいいから。もっとやって」
小動物のようなことを言う成人男性に、クララはぴしゃりと言った。
「朝から気持ち悪いこと言わないでくれる? おっさん」
クララの言葉に、クロウは顔を青くした。
「……おっさんって、ひどいな」
「朝ごはん、早くしないと私ひとりで食べちゃうよ。別で食べるなら片付けとかはクロウがちゃんとやるんだよ」
「起きます」
それまで眠そうにしていたクロウが、パッと瞳を見開いた。まったく、現金なひとである。
* * *
クロウが歯磨きを始めたことを確認すると、クララは自室に戻ってクローゼットを開けた。
制服に着替えるのである。
白地に桃色のプリーツラインが入った膝上丈のハイネックワンピースだ。ワンピースの上から同色のケープを羽織る。ケープの裏地には薄水色の花柄の刺繍が施されていて、爽やかで大人っぽい。
クララは、この制服のデザインが結構お気に入りだったりする。
着替えを済ませると、ドレッサーに座って髪を梳かしつけた。薄桃色の髪をいくつかに分け、丁寧に編み込んでいく。
髪をまとめ終わったところで、リビングに戻る。スープを温め直すため、火をつける。沸騰寸前で火を止め皿によそうと、最後に細かく切っておいた香菜を散らし、テーブルに運ぶ。
今日の朝ごはんはもちもちパンに春野菜のサラダ、香菜のコンソメスープ、野いちごのヨーグルトである。
「よし」
と、エプロンを脱いだとき、ちょうどクロウが降りてきた。まだてろっとしたシャツと緩いパンツ姿だ。
「まだ着替えてないの? ごはん、先食べちゃうよ」
「これ、どっちがいいと思う?」
呆れた視線を送ると、クロウは細長い布をふたつ持っていた。薄い布地のスカーフだ。
「……どっちでもよくない?」
どちらにしたところで、大差はない気がする。
「ダメだよ! 今日はクララの進級式でしょ。ちゃんとした格好で行かないと。これは去年の誕生日にクララがくれたやつで、こっちは一昨年のやつ。どっちもお気に入りなんだけど……」
式典ということもあり、教員のクロウは気合を入れたいらしい。
花柄とストライプ柄で迷っているようだ。クロウの場合、容姿がかなり中性的なため、花柄や丈の長いジャケットなんかを着ると一見女に見えてしまったりもする。
今日は人が多く集まるだろうから、それならば無難なストライプ柄の方がいいだろう。
「……じゃあ、こっちかな。シャツ着たらわたしが巻いてあげるよ」
「ありがとう」
クロウは部屋に戻り、さっと漆黒のシャツと白いパンツに着替えると、クララの元へ戻ってきた。おそらく、魔法を使ったのだろう。