捨てられ令嬢は溺愛ルートを開拓中〜ひとつ屋根の下で始まる歳上魔法使い様との甘いロマンス〜
クロウの悪夢
クロウは夢を見ていた。
白い、なにもない空間にクロウは漂っていた。たまに夢で訪れる心地よい微睡みの空間だ。
前方にクララがいる。
クララは、見たこともないくらいきれいにドレスアップして、うっすらと控えめな化粧までしていた。
ルージュを引いた口元なんて、艶っぽくてまるで知らない女性のようだ。美しくて、どこぞの姫かと見間違ってしまうほどである。
しかも、純白のドレスはまるで結婚式のウエディングドレスのようで……クロウは焦燥を覚えた。
「クララ」
声をかけるが、クララはふっと前を向いて、どこかへ行ってしまう。
クロウの声に気が付かなかったのだろうか。いつもなら、クロウが呼べば雛鳥のように笑顔でぴよぴよと寄ってくるのに。
「待って、クララ」
叫ぶが、喉が焼けたようにひりついて、上手く声が出せない。
クララのそばには、誰か知らないひとの影があった。
シャルルじゃない。いや、そもそも女性じゃない。男だ。クロウの知らない男がクララの隣に立っている。顔は見えない。男は馴れ馴れしくクララの腰に手を回して、エスコートしている。
その手を見た瞬間、クロウの中で感情が激しく爆発した。
「クララっ――」
手を伸ばすが、クララは気付かずどんどん先へ行ってしまう。
いやだ、行かないで。
いくら叫んでも、クララはどんどん先を行ってしまう。
いやだ――。
ふと、脳内にクララの声が響いた。
『わたしちょっと出かけてくるから』
出かけるって、どこへ――と思っていると、また声が響いた。砂糖菓子のような甘い甘いクララの声だ。
『デート行ってくる』
――クロウは、ハッとして目を覚ました。
弾かれたように起き上がる。粗雑に額を拭うと、額には粒のような汗を掻いていた。
「クララ……」
昼下がりの太陽が、格子窓から差し込んでいる。休日の前日はつい夜更かしをしてしまって、翌朝起きるのが遅くなる。
しかし、寝過ぎたようだ。頭が痛いし、腰も痛い。
もう若くないのだな、と自嘲的な笑みが漏れる。
ふと、ずいぶんと静かだ、と思う。
急いでベッドから降りて、部屋を出る。クララを探すが、見当たらない。
部屋に戻り、外出着に着替えると、クロウはまっすぐ学園に向かった。
研究室棟の自分の研究室に入る。
机に置かれた水晶を魔法で引き寄せた。
絶妙な配置になっていた机の書類が、水晶を引き寄せたせいでいくつか崩れた。気にせず、クララの居場所を探る。
ほどなくしてクララの姿が映し出された。ずいぶんとオシャレをしている。普段は髪は巻かずに編み込んでいるのに――不器用なのに、魔法でやったのだろうか。わざわざ?
考えれば考えるほど、もやもやする。
クララはカフェにいるようだ。クララが好きでよく行くカフェだ。クロウもよくクララと行く。
頬を染めて、もじもじしている。知らず知らず、眉間に皺が寄っていく。
クララは誰かと話しているようだった。
一体、誰と――。
相手の顔が見えた瞬間、息が詰まった。
「……ロード……」
クララは、恋する乙女の眼差しで、ロードを――クロウの助手を見つめていた。
胸が焼けるような、はたまた冷たい水の中に突き落とされたような激しい苦しさがクロウを襲った。