捨てられ令嬢は溺愛ルートを開拓中〜ひとつ屋根の下で始まる歳上魔法使い様との甘いロマンス〜
背伸びのヒール
クララとロードはカフェでお茶をしたあと、ブティックへ入った。
大人びた雰囲気の店だ。クララは始めて入る店だった。煌びやかなドレスがたくさん並んでいた。
「わぁ……」
さっきまで落ち込んでいたのに、コロッと機嫌が治った様子のクララに、ロードは笑っていた。
「?」
クララが訝しげに見ると、ロードは「なんとなく、クロウ先生が溺愛する気持ちがわかったかも」と言った。
「おいで」
ロードはクララの手を取り、いちばん近くにいた店員の女性に声をかけた。
「彼女にドレスを贈りたいんだけど、いくつか選んでもらってもいいかな」
「もちろんです」
店員はにっこりと笑って頷き、
「お好みの形や色などはございますか?」
クララが悩んでいると、ロードが言った。
「できれば、大人びて見えるものがいいな。色はなんでもいい」
「かしこまりました」
しばらくすると、店員が数着のドレスを持ってきてくれた。
胸元がざっくりと開いた漆黒のキャミソールドレスに、同じく首元がすっきりとしたスクエアネックになっている薄墨色のドレス、花蔦刺繍が施された深紫色のノースリーブドレスはドレープ感が美しく、まるで蝶のような印象を与えてくれる。
どれも大人っぽくて、かつ艶やかだった。
クララは小柄で華奢だ。こういう体のラインが出るぴっちりとしたドレスが似合うような身長もなければ、胸もない。
クララは、どちらかといえばレースのブラウスにアンブレラスカートを合わせた格好や、セーラーワンピースなどを好んで着たりする。
「すごく綺麗だけど……どれもわたしにはあまり似合わなそうな……」
俯きがちに言うと、ロードがそっとクララの背中に手をやった。顔を上げる。
「そんなことないよ。――すみません、これぜんぶ、順番に着させてもらいたいんですが」
「かしこまりました」
「じゃあ、ついでにヘアアレンジなんかも頼めるかな」
「えっ、ロードさん?」
そこまで付き合わせるのはさすがに申し訳ない、とクララは断ろうとするが、
「もちろんでございます」
店員がにこやかに返事をする。
押し切られてしまい、今さらなにも言えずにクララは口を閉じる。物言いたげにロードを見上げると、穏やかな微笑みが返ってきた。
「行っておいで。大人になりたいんだろ? きっと世界が変わるよ」
渋々、クララは店員に着いていく。
化粧なんてしたらどうなってしまうのだろう、とドキドキしていたクララだったが、
「お客さま、仕上がりましたよ。いかがでしょう?」
声をかけられ、顔を上げる。
鏡に映った自分の姿に、クララはわぁ、と小さく声を漏らした。
ぱっちりと上げられた睫毛と、二重瞼に乗せられた薄紅色のアイシャドウ。
唇には、桃色のきつくなり過ぎないルージュが乗っている。
「可愛い……」
ぽそりと本音が出た。くすりと店員の小さく笑う声が聞こえ、ハッとする。
「あ、いや……その、この、ルージュが、です……」
赤くなりながら弁明するクララを、店員は優しげな眼差しで見つめている。
「とってもおきれいですよ。そのドレスも」
クララが最終的に選んだのは、花蔦刺繍が施された深紫色のノースリーブドレスだった。
露出が多く、身長も胸もない自分にはどうかと思ったが、着てみるとその刺繍の美しさにやられてしまった。
特に色合いが気に入った。深紫色は、クロウの瞳と同じ色だ。
おずおずとロードの前に出る。ロードはクララの姿に一瞬息を詰まらせたようにしたが、すぐに目を細めて微笑んだ。
「……すごく、きれいだよ」
「……そうですか?」
オシャレなロードに認められ、ホッとする。
「でも、ちょっと肩が出ているのが気になっちゃうんですけど……」
肩を撫でながら言うと、ロードが店内を見た。
「そう? 全然、すごくきれいだけどな。まぁ、気になるなら――ほら、こうしたらいいんじゃない?」
そう言ってロードがクララに着せたのは、黒のレースが大人っぽい薄手のボレロだった。
「どう?」
「はい、これなら」
パッと笑みを浮かべたクララに、ロードも口角を上げた。
「さて、じゃあ次はどこに行こうかね」
「え……まだどこかへ?」
「そりゃあ、せっかくこんなお姫さまといるんだからね。見せびらかさないと」
クララはロードに連れられるまま、ブティックを出るのだった。