捨てられ令嬢は溺愛ルートを開拓中〜ひとつ屋根の下で始まる歳上魔法使い様との甘いロマンス〜
飲み込んだ本音
あれから、クララはクロウとほとんど口を聞いてくれなくなった。
理由はわかっている。クロウが、着飾ったクララに「似合わない」と言ったからだ。
あの日、街でクララを見つけたとき、恐ろしくなった。
大人びたドレスをまとい、ロードと並んだ姿は、ただ仲睦まじい恋人同士の昼下がりのワンシーンだった。
クララは、クロウのものだ。しかし、いつまで続くだろう。
ふたりは知り合ったばかりで、クララはクロウ以外の男が苦手だ。それなのに、クララからロードを休日のデートに誘うなんて、とても信じられなかった。
ロードのために着飾ったクララを見るのは、ひどくいらいらした。
だから――だから、似合っていなかったわけじゃない。
普段着ないような大人びたドレス。桃色のルージュ。どれも、クララのためだけに誂られたとしか思えないくらいに似合っていた。
ベッドに横になっていたクロウは、ため息混じりに寝返りを打った。
と、サイドテーブルに飾られたドライフラワーが目に入った。そっと手に取ると、かすかに懐かしい香りがする。
沈んでいた心に、ふっと光が差すような心地になった。
――それは、クララを拾ってすぐの頃だった。まだ若かったクロウは、無邪気で元気いっぱいなクララに手を焼いていた。
ある日、ちょっと目を離した隙にクララが姿を消した。その頃、クララはいたずらにかくれんぼを初めて、クロウをわっと驚かすことをよくやっていた。
水晶を使えば、クララを見つけることは容易にできた。
きっとすぐそばにいるだろう。そう思って、のんびり探すことにした。
しかし、どこを探してもクララは見当たらなかった。家の中も、庭も、すべて探したがどこにもいない。
さすがに心配になって、クロウは水晶を覗いた。
そして、青ざめた。
そこに映っていたのは、倒れているクララと、クララを襲おうとしている怪鳥だった。怪鳥はおそらく、クララの力を狙っているのだろう。
クララには特別な力がある。
「クララ……!」
クロウは、急いでクララを助けに行った。
怪鳥を魔法で拘束し、クララを怪鳥の巣から下ろすと、目を覚ました。最初はぼんやりしていたが、怪鳥の鳴き声についさっき遭ったできごとを思い出したのか、泣き出した。
クロウが優しく抱き上げてやると、クララはさらにしゃくり上げるようにして泣き出した。
「ほらほら、もう大丈夫だから泣かないの」
しかし、クララはなかなか泣き止まない。
「僕が守るから、大丈夫だよ。ね? もう怖くない」
とんとん、と優しく背中を叩いてやると、クララは少しづつ泣き止んでいく。
「おはな……しおれちゃった」
「お花?」
クララはお気に入りのポシェットから、小さな花を取り出した。
スノードロップのような、小さな白い花である。
しかし、クララの言うとおりそれはくたっとして、元気をなくしてしまっていた。
「これを探してたのか?」
「うん。クロがクララをみつけてくれたときの、おもいでのはな」
「……これ、もしかして僕に?」
こくり、とクララがうなずく。
じんわりとした名前の知らない感情が、クロウの胸を満たしていった。暖かな浅瀬の海の波に足首を撫でられたような、そんな心地良さだ。
こういう感情は、なんと言うのだろう。
そっと、クララからその花を受け取る。そして、魔法で加工した。ドライフラワーにしたのである。
「わっ! すごい! クロのまほう!」
「これで、このお花はずっと咲いていられるよ」
「ずっと? もうかれない?」
「うん。枯れない。一生大切にするね――」
帰り道、すっかり機嫌を治したクララを抱いたまま、クロウは森の中を進んでいた。木漏れ日が宝石のようにきらきらと落ちている。
歩いていると、小鳥のさえずりの隙間から、くるる、と可愛い音がした。
おや、と思わずクララを見て笑う。音の正体は、クララの腹の虫である。
「クララ、お腹減った?」
「へった。ペコペコ」
またしょんぼりとし出した。クロウはクララを抱き上げ直すと、視線を合わせる。
「今日の夕飯はなにが食べたい?」
「ごはん?」
「うん」
「……クロのてづくり」
え、と固まった。痛いところをついてくる。聞き間違いだろうか。聞き間違いであってほしいと願い、聞き返す。
「……て……え、て、手作り?」
「うん。クロのてづくり」
困った。クロウは料理などまるでできない。魔法で作ったことしかない。
沈黙すると、クララがしゅんとした顔でクロウを見た。瞳にまた涙の膜が張る。瞬きをすれば、宝石のような薄水色の雫が、ぽっと落ちてしまいそうだ。
「……ダメなの……?」
クロウは、う、と声を詰まらせる。
「ダメ……じゃ、ないけど……いつものごはんよりすんごくまずいよ? いいの?」
「うん……クロのごはんがたべたい」
クララの上目遣いの破壊力たるや、想像を遥かに超えるものである。
「よし、頑張る」
甘い声でそう言われ、ぎゅっと首に巻き付かれたらもう、ダメとは言えない。