捨てられ令嬢は溺愛ルートを開拓中〜ひとつ屋根の下で始まる歳上魔法使い様との甘いロマンス〜

 クララはストライプ柄のスカーフを手に取ると、クロウの首に巻きつけた。クロウはクララがスカーフを巻きやすいよう、少し屈んだままでじっとしている。
 
「……あれ。クララ、少し背伸びた?」
 ふと、吐息を頬に感じて胸元から少し視線を上げると、クロウの深紫色の瞳と視線が合った。
 しかし目が合ったのは一瞬で、クララはパッと弾かれたように視線を逸らし、頬を赤くして俯いた。

「……そ、そう?」
「うん。なんか少し、距離が近くなった気がする。といっても、まだまだ小さいけどな」
「……クロウが無駄に大きいだけでしょ」
「無駄って……」
 ひどいな、とクロウがまた苦笑した。少し掠れた声が耳の奥に木霊する。
 クララは胸元に視線を落としたまま、口を尖らせた。
 身の回りのこともろくにできないくせに、図体ばかりは大きいのだから困る。
 
「……はい。できたよ」
 一歩離れると、頭の上に大きな手が乗った。
「ありがとう」と言われて顔を上げると、優しい顔をしたクロウがわしわしとクララの頭を撫でた。
「わっ、もう! せっかく髪きれいに結ったのに」
「大丈夫。きれいだよ」
 きれい、という言葉にどきりとする。
「……ほんと?」
「うん。可愛い可愛い」
 まるで子どもに言うみたいな感じだった。
 
 悔しくなってクララが頬をふくらませると、クロウはきょとんとした顔で、クララを見つめた。
「どうしたの」
「……子ども扱いはやめて」
「だって可愛いんだから仕方ないだろ。まだまだこんなに小さいのに、大きくなったって喜んでるんだから」
 
 クララはもう十六歳だ。学園の友人の中には、異性と付き合っている子だっている。
 いい加減、クロウもクララを女性としてみてくれてもいい気がするのだが――と思っていると目が合った。

 クロウは相変わらず美しい笑みを浮かべている。なに、と聞こうとしたところで、クロウがクララの首筋を撫でた。
 驚いて息を詰める。見上げると、クロウは眉を寄せていた。
「クララ、チョーカーは?」
 あ、と思う。
「忘れてた……」

 今度は、クロウが呆れる番だった。
「だから、何度も言ってるけどあれは忘れちゃダメだってば」
「分かってるよ……」
 クロウに咎められ、クララはムッとしながらポケットを探る。すぐに中から黄金色の鈴が付いたチョーカーが出てきた。
「付けてあげる」
「うん……」
 クロウはクララの手からチョーカーをすっと取ると、クララの首の後ろに手を回した。

 クララは、魔法を使うことができない。そのためクロウ特製のチョーカーを身につけ、常に魔力の生産、増幅をしているのである。

 ちなみにこのことは、クララとクロウ、ふたりだけの秘密である。

「よし。いいよ」
 離れていくクロウの指先を、クララは目で追った。細く長い指。男の人の指だ。触れられた首元は、まだ少し熱を持っている。

 ぼんやりするクララの顔を、クロウが覗き込んだ。
「クララ? どうかした?」
「あ、うん……なんでもない。ありがとう」
「いい? もう忘れちゃダメだからね! バレたら学園追い出されちゃうんだから」
「うん。ごめん」
 しょぼんとすると、クロウは困ったように微笑み、頭を撫でた。

 クララが通う聖マリアンヌ学園は、魔法学校である。そのため、魔力を持たない種族は通うことはできない。
 クララは魔法が使えないということを隠して入学したのである。

「さて、ごはん食べようか」
「……うん」
 スープはもう冷めちゃったかもしれない、とクララはクロウを見上げながら思う。

 朝食の並んだテーブルに向かい合って座り、パンを切る。厚めに切ったパン二枚を渡すと、クロウがあれ、そうだ、と戸棚を見た。
「そういえば、昨日街でチーズを買ってきたんだ。かける?」
「うん! かける!」
 クララが前のめりに返事をした。チーズはクララの大好物なのである。

 声を弾ませたクララに微笑み、クロウは座ったまま戸棚からチーズを取り出した。クロウはこういうとき、立たずに魔法を使う。

 料理に関してもそうだ。クロウは指先から出した炎でチーズをさっと炙ると、チーズナイフを操り、溶けた部分をパンに丁寧に落とした。ふわり、とチーズのいい匂いがする。

 クロウは生活力に関してはスキルゼロだが、なにぶん魔法が大得意なので大抵のことは魔法を駆使すればなんとかなってしまうのだ。
 クロウを見ていると地道に家事を熟す自分がときどき馬鹿らしくなるが、魔法については生まれ持ったものなので仕方がない。

 そもそも、クララはあの日クロウに出会っていなければ今ここにはいないのだから……。

 クララがぼんやりと昔のことを思い出していると、
「熱っ!」と、ほくほく顔でチーズたっぷりのパンにかじりついていたクロウが叫んだ。
「……大丈夫?」
 そういえばこのひと、極度の猫舌だったな、と思う。いつもはスープやトーストにしても冷製だから、ときどきうっかりしてしまう。

「うわぁ……チーズ熱し過ぎたかな」
 クロウは眉を寄せながら、舌を出してヒーヒー言っている。冷ましているつもりなのだろうか。
「そんなに……?」
 食べてみたが、そんなことはない。大袈裟だろう、とクロウを見る。
 
「スープもこりゃしばらく無理かなぁ……」
「あ、スープはぬるいよ、もう」
 着替えだなんだやっていたから、と言うと、クロウはスプーンでスープを掬い、恐る恐るといった様子で舐めた。
「あ、ほんとだ。美味しい」
 はにかむクロウに、まったくいい歳して、と呆れながら、クララもスープを飲むのだった。

 朝食を終えると、身支度を整えたクロウと一緒に家を出た。クロウは黒色のシャツに白色のパンツ、首元には青色のストライプ柄のストールを巻いている。
 文句なしに格好いい。
 
「クララ」
 名前を呼ばれ振り向くと、クロウが手を差し出していた。差し出されたそっと手を取ると、優しくきゅっと握られる。
 幼い頃から、クロウは外に出るときは必ずクララの手を取る。
「クララはよそ見ばかりするから危なっかしい」ということらしい。

 クロウと手を繋ぐと、最近クララは嬉しいような、悔しいようなよく分からない気分になる。

 ちら、とクロウを見る。
 ハーフアップにまとめられた白銀色の髪は、陽の光に透けて煌めいていた。
 頭ひとつ分高いクロウの横顔は、初めて会ったあの日からなにひとつとして変わらずにーー美しいひとだった。
< 2 / 15 >

この作品をシェア

pagetop