捨てられ令嬢は溺愛ルートを開拓中〜ひとつ屋根の下で始まる歳上魔法使い様との甘いロマンス〜
雪の日
とある雪の日、クララは不思議な男に出会った。
雪と同じ色をした長髪の、幻のように美しいひとだった。
男は雪の中にひとり埋もれていたクララを見ると、うっそりと微笑んだ。
まるで雪のようなひとだ、とクララは思った。
男は、大きな襟に裾が広がった大きな白いマントを着ていて、その下にはタキシードのようなものを着ていた。こんな雪深い場所にしては随分と軽装だ。寒くないのだろうか。
「きみ、ひとり?」
男の白いブーツが、雪のなかにさくりと沈み込む。
沈んだブーツを見て、雪のようなのにこの人にも重量があるんだな、とクララは思う。
男が近付いてくる。クララは、雪の中にうずくまったまま動かなかった。力が尽きて、動けなかったのだ。
飲まず食わずでどれくらい経っただろう。最後に口にしたものがなにかすら、もう思い出せない。
男はクララの小さな体を容易く抱き上げた。
「軽いな」
少し驚いているようだった。
「わたしを、どうするの」
クララは、精一杯指先に力を込めて、男を見上げた。舌っ足らずな、砂糖菓子のように甘い声で警戒すると、男はクララを見てふっと笑った。
その笑顔は、まるで雪の中にひっそりと咲く花のよう、とクララは思った。
「僕の子になる?」
クララは大きな瞳をさらに大きくした。
「僕の仕事を手伝ってくれる? そうしたら、きみにたくさんの幸せをあげよう。あたたかい食事と、可愛らしいドレスと……それから、愛」
「あい?」
「うん。こうして毎日、ぎゅっとしてあげる」
言ったとおり、男はクララを優しく抱き締めた。触れられたところから、柔らかな熱が伝わってくる。いい匂いもした。
男がパチン、と指を鳴らした。その瞬間、雪の上に花が咲く。
「わっ……」
クララの汚れた体は爪の先まで美しく磨かれ、薄汚れて破れていたドレスは、瞬きのうちに薄紅梅色のドレスに様変わりした。
腰と首元に大きなリボンが付いたとても可愛らしいドレスだった。
クララはもうひとつ、驚いたことがあった。
「寒くない……」
かじかんでいた指先はちゃんと感覚を取り戻しているし、声も震えない。
というか、寒くないどころか暖かい。
「僕の魔法だよ」
「おにいちゃん、魔法使いなの?」
クララは瞳を丸くして、クロウを見上げる。
「うん、そう。僕は魔法使いなんだ」
「魔法使い……」
足元に咲いた花をじっと見下ろす。
「さて。きみの返事を聞こうか」
男はクララの頬に手を伸ばし、視線を合わせた。
「僕の子になる?」
クララは男の瞳をじっと見つめた。
黒色をしているかと思ったが、違った。深い紫色をしていた。まるで、星空を閉じ込めたような、どこまでも深く、澄んだ色をしている。
クララは男の胸に一度視線を落とし、マントを掴んでいた手にきゅっと力を入れた。
「……なる」
そっと男を見上げる。
「なる。わたしを、拾って」
男は、まるでクララの言葉を予見していたかのように微笑んでいた。耳にかけていた男の髪が、さらりと垂れた。
「いい子だ」
男はクララの瞼に優しくキスを落とすと、さくさくと雪の中を歩き出した。
クララは、男の足跡から青々とした若葉が芽吹くさまをじっと見つめていた。