捨てられ令嬢は溺愛ルートを開拓中〜ひとつ屋根の下で始まる歳上魔法使い様との甘いロマンス〜

 クロウは、女子学生からなにかを受け取っているようだった。可愛く包装されたあれは――お菓子だろう。
 クロウは穏やかな笑みを浮かべながら、それを受け取る。口元が「ありがとう」と動いた。
 
 ほかの生徒たちも、こぞって贈り物をしていく。クロウの腕に絡みつく大胆な生徒もいた。
「誕生日でもなんでもないのに、まったく毎日すごいよねぇ……」
「毎日? これが毎日なのですか?」
 驚いてロードを見る。

「そうだよ? あれ、もしかして知らなかった? あぁ、たしかに先生はいつも、もらったものは研究室で食べてたかも」
「……毎日……あんなに贈り物を?」
 
 しかし、とクララは思う。クロウは、これまでああいった贈り物を、家にはひとつも持ち込んだことはない。

 学園で食べていたのか。すべて……。
 クロウは、ひとの気持ちを決して無下にはしない優しいひとである。それは、クララがいちばんよく知っている。
 
 胸がちく、と針を刺されたような痛みを覚えた。あれが本物のリア充というものか、とクララは冷静に思う。
 しばらくその波を見つめていたが、なかなかその波は引かなかった。

「行かないの?」
「…………」
 ロードに声をかけられながらも、なかなか踏ん切りがつかず、クララは俯いたまま、ぼんやりと立ち尽くしていた。

 ふと、顔に影が落ちた。
「クララ。いたのか」 
 顔を上げると、クロウがいた。
「来てたなら、声をかけてくれればよかったのに。ロードも」
「あぁ、うん――」
 ロードが曖昧に笑う。
 クララは視線を落とすと、紙袋が目に入った。中にはたくさんの贈り物が詰まっている。
「あ、コレ? 休み明けだったからかな。みんなお土産をくれるんだ」
 お土産ではないだろう、と内心で思うが、悔しいので言ってはやらない。
「ちょっと研究室に寄っていい? 荷物まとめる」 
「クロウの研究室?」
 クララが尋ねると、クロウはきょとんとして、
「そうだけど」と、頷いた。
「見たい!」 
「ダメ。絶対ダメ」
 クララの言葉に、クロウはすかさず拒絶した。
 
「……なんでよ」
 ムッとしてじっと見つめると、クロウはさっと目を逸らした。
「……な、なんでも、だよ」
 なにか見られて困るものでもあるのだろうか。たとえば、彼女とのツーショットを飾ってるとか。なおさら見たい。
「……先生、少しくらいいいじゃないですか。お姫ちん、ひとりで先生の研究室探して、ずっと構内を彷徨ってたんですよ」
「え……そうなのか?」
 クロウが心配そうな顔でクララを見た。
 
「……ロード先生が助けてくれたから、べつに大丈夫だったけど」
「……だから待ってろって言ったのに」
「だって……教室、いづらかったんだもん」
 口を尖らせると、クロウは息を詰め、クララの手を取った。
「なんだ……もしかして、誰かにいじめられたのか?」
 心配そうに覗き込まれ、クララはそっと視線を外す。
「違うよ、べつにそういうんじゃないけど……」
「…………」
 しかし、クロウは眉を寄せ、難しい顔をしていた。
「……クララをいじめるようなやつがあの中に……くそ、ちゃんと見定めたつもりだったんだけどな……」
 
 舌打ちするクロウに、やはりか、とクララは嘆息する。
「だから違うって。ただ、まだそんなすぐにみんなと仲良くなれないから、早く帰りたかっただけ。……べつに、いじめられてないから」
「……そっか」
 クロウは心底ホッとしたように頬を緩ませた。
「ねぇ、クロウ。研究室、見たい」
 改めて、じっと見つめる。すると、クロウが黙り込んだ。

 しばらくして、ぽつりと言った。
「…………荒らさない?」
「荒らさないよ!」
 むしろ、荒らしているのはクロウの方だ。誰が家を片付けていると思っているのだろう。
「……なら、まぁいいけど」
 クララはパッと花が咲くように笑った。 
「ありがとう!」 
 
 クロウの研究室は、やはりといった感じだった。
 
 本は山積み。珈琲らしき飲み物が入ったマグカップは飲み終わっているのにそのままで、中の液体がカピカピになっている。レジュメはばらばらと床にまで散乱していて、足の踏み場もないとはまさにこのことだ。天変地異でも起きたのか、といった惨状である。
 
 デスクの上は書類やら魔法道具やらが積み重なっていて、よくこれで教材を作っているものだとむしろ感心する。
 
 ふと、視界の端でなにかがきらりと光った。積み重なった本のてっぺんに、水晶のようなものを見つける。中央に赤い宝石が埋め込まれていて、とてもきれいだ。

 にしても、である。
「……クロウ。これはひど過ぎない? 想像以上だったよ」 
 せめて平らな場所に置いてあげなければ、と水晶に触れようとしたときだった。
「あっ! ダメ!」 
 と、クロウが叫んだ。びく、とクララは肩を揺らす。
 
「……こ、これは大切なものなんだ。僕があとでちゃんと片付けるから、クララはいじるな」
「……でも」と、水晶を見る。
「これは仕事で使うんだよ。子どもが触っていいものじゃない」
 そう言われてしまうと、もうクララにはなにも言えない。
 
「……じゃあ、ちゃんと片付けるんだよ」
「うん、分かってる」
 クロウは苦笑しつつ荷物をまとめる。そして、帰る準備を済ませると、ロードを見た。
「それじゃ、あとはよろしく、ロード」
「はぁい、お疲れ様です」
 ロードは手をひらひらと振って、ふたりを見送った。
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