シンデレラは王子様と離婚することになりました。
  私の頭の中では、勝ち負けになっていた。社長から逃げ切れたら私の勝ち。負けの許されない戦いだ。
 フロアに戻り、廊下の反対側へと走る。非常扉を開け、外階段をおりる。ストッキングを履いているとはいえ、ほぼ裸足。コンクリートの冷たさが足裏を突き刺す。
 無事に地上に降りたち、オフィスビルを後にした。

(……勝った)

 自分の勝ちを確信したら、どっと疲れが溢れ出てきた。二十三階からノンストップで駆け下りた。火事場の馬鹿力だったのかもしれない。足が疲労で震えている。
 ほぼ裸足で歩道を歩きながら、さてどうやって帰ろうかと考える。
 暗い夜道は人通りが少ないので、裸足で歩いていても気付かれることはないけれど、明るい電車のホームに入ったらさすがにぎょっとされるだろう。

(タクシーかぁ。出費が痛いなぁ)

 ただでさえお金がないのに。でも、社長に見つからなかっただけマシと思おう。
 タクシーを停めるために立ち止まって車道を見ていると、一台の黒い車が私の前に停まった。

(え、これタクシー?)

 停まったのは、先端にエンブレムが付いた黒塗りの高級外車。
 戸惑っていると、運転席の窓ガラスが開いた。

「こんな夜中に、裸足でどうしました?」

 柔和な声の品がいい三十代中頃くらいの男性だった。甘い顔立ちで眼鏡をかけている。

「いや、あの、ちょっと脱ぎ落としてしまって……」

「へえ、シンデレラみたいですね」

「いやあ、あははは」

 満更でもなさそうな顔で照れ笑いをしていると、後部座席の窓ガラスが下りていった。

「なにがシンデレラだ、こんな色気のない靴」

 後部座席に座っていた人物は、黒のリクルートパンプスを掲げて言った。

「あ……あ、あ……」

 声にならない驚きと恐怖で固まっている私に、その男はさらに追い打ちをかける。

「おい、もう逃げようなんて思うなよ? 逃げたって無駄だからな」

 黒の高級車の後部座席に乗っていた人物は、紛れもなく社長だった。
 蛇に睨まれたカエルのように怯えている私を見て、不敵な笑みを浮かべている。

(負けたのは、私だった……)

「とりあえず、乗れ」

 後部座席のドアが自動で開いた。
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