シンデレラは王子様と離婚することになりました。
 今日食べる物も、今夜寝る場所も、生きるために必要なものを考えることが煩わしい。

(ずっと前に、ここで自殺しようとしていた人いたな、そういえば)

 ここはあまり人が訪れない。だからこそ、小学生だった私はよく遊びに来ていた。公園などは仲良く遊ぶ子たちを見るのが羨ましくて、一人で遊んでいる自分が惨めに思えてしまうから。

(ここは心霊スポットだって失礼なことを言った人。この崖から飛び降りて死ねば遺体も見つからずひっそりとこの世からいなくなれるだろうとか怖いこと言っていた人。あれ、誰だっけ? 顔が思い出せない)

 小さい頃の記憶は不自然なほど思い出せなくなっていた。特に幸せだった頃の記憶は、思い出そうとしても思い出せない。お母さんのことを思い出すと、寂しくて会いたくて涙が止まらなくなるから、だんだんと記憶からなくなっていった。
 立ち上がり、〝彼〟がいた場所に行って、崖の下を覗いてみる。

「うわ、これ微妙。下手したら死ねずに骨折なり打撲して、痛みで苦しみながら餓死を待つという最悪な最期になるかも」

「そうだな、オススメしない」

 誰もいないはずなのに、突然後ろから声が聞こえた。
 絶対幽霊だ! と思った私は悲鳴を上げて逃げようと足を踏み出した途端、足をくじいて身体が斜めに傾いた。

(あ、落ちる……)

 視界がスローモーションのようにゆっくり感じられた。走馬灯なのか、人生の出来事が写真みたいに目の前に映し出される。
 その後ろで、誰かが大きな声で私を呼びながら駆け寄ってくる。
 人生を切り取った写真の一つに、一人の男の子が映し出されていた。色白で女の子みたいに整った顔をしている。目付きが鋭く、理知的で、世の中全てを恨んでいるような瞳の色だ。

(そういえばこの男の子、口も悪いし態度も大きくて生意気だった。でも、笑顔が優しい〝お兄さん〟だった……)

 どうして最期に思い出すのがこの男の子なのだろう、とゆっくりと崖から落ちながら思った。意外と冷静だった。あっさり死ねればいいなと願う。
 すると、腕に大きな衝撃を感じた。がしりと手を掴まれた。身体は崖から落ちて宙ぶらりんの状態で、手を掴まれているからギリギリ落ちずにいられている。

「くっ!」

 私を助けてくれた男の人が顔を歪ませながら、必死で持ち上げようとしている。
 その人は、私が知っている人だった。さっき思い出した男の子……。

「大翔……」
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