シンデレラは王子様と離婚することになりました。
「いやいや困ります。やりにくいです」

「じゃあ、俺の秘書になれば?」

 社長はなんでもないことのようにサラっと言った。

(は? なにを言っているのだろうか、この人は)

 と思ったけれど、すんでの所で言葉を飲み込んだ。

「社長にとっては営業事務なんて大した仕事もしてないと思われるかもしれませんが、私は誇りを持って一生懸命勤めています」

 社長はさすがに自分の発言がまずかったことに気がついたのか、一気にトーンダウンした。

「それは、わかっている。忙しいなら行っていいぞ」

「忙しくなければ残業なんてしていないでしょう」

「……すまん」

 社長が素直に謝るので、私もつい言い過ぎてしまったことに気がつく。
 でも朝から役員の面々の前に立たされて、社長室にまで連れて行かれて、職場であることないこと噂話されているであろうことを想像すると苛々していたのだ。

「こちらこそ、すみません。ですが、仕事があるので失礼します」

 社長になんて態度だ。社長が優しくしてくれるから、それに甘えていると言われても否定できない。
 でも社長の我儘に付き合っている余裕はない。儀礼的にお辞儀をして社長室から出て行った。
 営業一課のオフィスに戻ると、みんながチラチラと私を見ているのがわかる。
 もう噂になっている。当たり前か、朝から派手に社長がやってくれたから。
 デスクに座ってなに食わぬ顔を必死で作りながら、パソコンを開く。
 まさか昨日まではこんなことになるなんて夢にも思っていなかったのに。
 黙々と仕事をしていると、営業本部長が手を揉みながら引きつった笑顔で近付いてきた。

「工藤ちゃん、今朝のアレは~」

 なんでちゃん呼び? と内心気持ち悪いと思いながらも、指摘はしなかった。

「今朝のアレってなんですか?」

 パソコン画面を見つめながら、手を止めずに言った。

「社長とは、どういう関係?」

「それ、言わなければいけないことですか?」

「いや、うん、言いたくないなら無理にとは言えないけど……」

 本部長は私にとても気を遣いながら言っている。いつもは優しくもなければ厳しくもないし、普通に営業事務の社員というかんじで接していた。会話することもほとんどない。
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