シンデレラは王子様と離婚することになりました。
 社長は嬉しそうに微笑み、自分も食べ始めた。

「人に作ってもらえるって幸せ」

 ポロっと零れた本音に、社長は顔を上げて私を見つめた。

「いつも家族の分をお前が作っていたのか?」

「はい。朝食も夕食も、ずっと私が」

「仕事もあるのに、大変だろう」

「世の共働きのお母さんは、これに加えて土日もなく働いているのですから凄いですよね。私も学生の時からなので、慣れました」

 私が笑って言うと、社長は眉根を寄せた。

「いや、嘘です。慣れてなんかいません。ずっと大変でした」

 自分の顔を見られるのが嫌で、下を向いて朝食を頬張った。今の自分の顔は、笑顔を作れず引きつっているから。
 社長もそれ以上なにも言わず、私たちはしばらく食べることに集中した。
 急に話が途切れたら、なんとなく気まずくなるのが普通なのに、どうしてか沈黙も居心地が良かった。
 社長が作った朝食に舌つづみを打ちながら、どちらからともなく世間話をする。二人きりだというのに嫌な緊張感もなく、かといって男として意識していないでもなく、不思議な空気感だった。
 正直、同世代の女子と二人きりで食事している方が気を使ってしまう。社長と二人でいると、自然と素が出て、気が付いたら笑っている。
 食事を終えて、片付けをしようと立ち上がると社長に制止された。

「いいから、いいから。それより出かけるから準備しろよ」

「え、出かけるのですか? どこに?」

「昨日は完全に敬語なくなっていたのに、今日は敬語だな」

「あ、本当だ」

 本当だって言っておきながら、出てきた言葉がタメ語で、顔を見合わせて笑い合った。

「楽な方でいいよ。それより早く準備してこい」

「準備っていっても、着る服が一着しかありません」

「だからだよ、ほら着替えてこい」

 だからってなんだ。家に帰って服を取ってこいってことなのかな。
 いやだな。もう二度と、あそこには帰りたくない。
 言われるがまま出かける準備をした。準備に時間がかかるタイプではないのであっという間だ。
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