シンデレラは王子様と離婚することになりました。
「わ~、大変そう。でも、それでいいと思いますよ」

 高城は目を細めて微笑んだ。
 ふざけた様子もある秘書だが、俺の一番の理解者でもある。すっと肩の荷がおりた。

「高城、先に行って車をエントランスにまわしておいてくれ。ちょっと、行きたいところがある」

「……はい」

 高城は、『行きたいところってなんだ?』という表情を浮かべて訝しげに俺を見たが、なにも聞かずに承諾した。
 俺が言いたくないと思っていることは察して聞いてこない。こういうところもさすがだなと思う。
 高城が部屋を出てから、「はあ」と大きなため息が漏れた。

(そこに行ってどうする)

 自分に問いかけるも、答えは出ない。
 もうすぐ日付が変わる。オフィスには誰も残っていない。そこに行っても、誰もいないのはわかっているのに。
 たくさんのお見合い写真を見ながらも、頭にチラつく彼女の顔。そんなに気になるなら話しかければいいのにと思うものの、なにをどう切り出せばいいのか名案は思い浮かばず。
 行ってどうする、と思いながらも、足は彼女のオフィスに向かっていた。
 エレベーターは二十三階のフロアで止まり、まるで引き寄せられるように彼女のデスクに向かって足が動く。
 シンと静まり返った深夜のオフィス。彼女のデスクに行くと、ノートパソコンがデスクの上に置かれていた。

(不用心だな、なぜ仕舞わない? それに、電源がついたままだ)

 不思議に思いながらノートパソコンを見ていると、遠くの方で足音が聞こえた気がした。

(誰かいるのか?)

 不審者かもしれないので、警戒しながら音がした方に歩みを進める。
 廊下の端の階段に行くと、何者かが猛烈な勢いで駆け下りている様子が見えた。

「誰だ、止まれ!」

 明らかに逃げているので、なにかやましいことがあるのだろう。とりあえず追いかけようと階段を駆け下りると、逃走者の靴が片方脱げたようで、立ち止まって上を見上げた。

(女……? あのシルエット、あの顔は……)

 逃走者はすぐに顔を背け、靴を諦めたのか、また駆け下りた。
 逃げている人物が誰かわかると、頭に血がのぼった。
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