シンデレラは王子様と離婚することになりました。
殊勝に頭を下げてお礼を言うと、佐伯さんは興味なさそうにタイピングを打ち始めた。
 現在、佐伯さんの営業事務は私が担当している。今まで何人もの女の子たちが異動を願い出た気持ちが痛いほどわかるくらい、佐伯さんは厳しい。
 仕事の鬼といっていいくらいだ。私も佐伯さんは恐い。
 佐伯さんに認められるほどの仕事はできていないし、むしろ怒られることの方が多いけれど、佐伯さんは理不尽なことや意地悪が目的で怒っているのではないことは、この半年で十分わかった。
 理不尽なことや意地悪することが目的で怒られたりすることが多かった私にとって、佐伯さんの怒りはもっともだと納得することができるし、自分の努力で改善することができるので耐えられた。
 それに、家の事情により定時で上がることが多い私は、佐伯さんの『やることさえやれば何時に帰ってもいい』という方針はとてもありがたかった。
 とはいえ、その『やるべきこと』が終わっているかというとそうでもなく……。
 佐伯さんに申し訳ない気持ちを残しながらも帰ることにした。
 家に帰ると、継母と継娘はソファに座ってテレビを見ながら、ポテトチップスを食べていた。

「もう、遅い~。お腹空いたからお菓子食べちゃったよ。これで太ったらあんたのせいだからね」

 明るい髪色でパーマをしている継娘は、根がズボラなので毛先が痛んでしまっている。
 継母も若い頃は美人だったと思う片鱗は残っているが、きつい性格が顔に表れてしまっていてまるで狐のように目がつり上がっていた。
 私は二人を無視してキッチンに立った。帰る途中にスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
 いつも疲れているように見える父は、ダイニングテーブルに座りながら新聞を読んでいる。テレビとソファを独占され、居場所がないように見える。
 どうしてあの二人の言いなりになっているのだろうと思うけれど、私だって自分を犠牲にして二人の言いなりになっているから変わらない。
 似た者親子なのかもしれない。不幸な境遇に抗うほどの熱意がない。自分さえ我慢すれば、見せかけの平和は維持される。
 手際よく数品おかずを作り、残ったものはタッパに入れて冷蔵庫に入れておく。これで数日は持つはずだけれど、気まぐれな継娘と継母のことだ。なんだかんだ文句を言って、作りに帰ってこいと要求されそうだ。
 家の掃除なども済ませると、時刻はもう二十二時を過ぎていた。エプロンを外して、通勤バックを手に取り家を出る。
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