シンデレラは王子様と離婚することになりました。
冷たく突き放した口調に聞こえないように努めて笑って言った。

(ちゃんと自立しなきゃ。これからは一人で生きていけるように。大翔が私を結婚相手に選んだのは、いつでも離婚できるようにするため。離婚したくないって言われないため)

 自分に言い聞かせるように、頭の中で反復する。

「今夜さ、俺の部屋で一緒に寝ない?」

 耳元で突然囁かれた言葉に、一瞬で身体が硬直する。
え……それって……。

「嫌?」

 嫌……では、ない。でも、そう言ったら、大翔はキスしてきた。
 つまり、嫌じゃないと言ったら、そのまま流れに乗せられてしまう。
どどどど、どうしよう!
 心臓がバクバクうるさいくらい鳴り響いている。
どうする⁉ そりゃ、嫌じゃないし、むしろ……むしろ……。
 流れに身を任せてしまいたい本音もある。でも、そんなことしちゃったら?
 もっともっと、今よりもっと大翔のことが大好きになって、別れたくなくなって、『離婚したくない!』って泣いてすがってしまうかもしれない。
 でも、もしもそういう関係になったら、離婚する時期を遅らせることができるかもしれない。大翔だって、離婚したくないって思ってくれるかもしれない。
 でも……。

「さすがに、無理だよ……」

 私は絞り出すように言葉を吐き出した。
無理だよ。時期を遅らせたって離婚することは決まっているのだから。そんなの辛すぎる、耐えられない。

「そっか……」

 大翔は小さく呟いて、後ろから抱きしめていた手をそっとほどいた。
 そして、そのまま静かにリビングから出て行った。
 蛇口から流れる水を見ながら、ボーっとしていた。
 使わないなら止めなさいよ、もったいない、とは思うのだけれど、体が動かなかった。
 心が、悲鳴を上げている。それを必死で押し殺すのに精いっぱいで、他にはなにもできなかった。
好きだって言ったら、全部崩れる。気持ちを悟られちゃいけない。押し殺せ。感情を押し殺すのは、私の得意分野でしょ?
 辛いときも苦しいときも、泣き叫びたいときも、いつも私は心の中で押しとどめてきた。
 大丈夫、今回だって上手くやれる。
 私は、幸せにはなれない運命だから。そういう人生だから。
 
 
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