シンデレラは王子様と離婚することになりました。
 この時間なら、もう会社に残っている人はいない。本当はいけないことだと分かっているけれど、残してきた仕事を片付けたくて会社に向かった。
 タイムカードを押した後に、残業をすることは禁止されている。上場企業なので、そういうところは特に厳しい。
 でも、こうもしないと終わらない。やるべきことを終わらせないと佐伯さんに怒られるし、定時上がりで帰ることもできなくなる。
 ビルの裏口にある社員専用出入り口の自動扉に社員証をかざした。
 中は暗く、しんと静まり返っている。あまり遅くまで残業をすることは上層部から良く思われないので、深夜残業する人はほとんどいない。
 アプリのタイムカードを更新した後に、こっそり会社に戻って仕事をしているなんて上層部に気付かれたら絶対に怒られる。
 暗く静まりかえったオフィスは不気味だ。
 私だって好きこのんでこんなことやっているわけではない。残業代もでないし、深夜のオフィスは怖いし、寝不足になる。
 でも大した学歴もなく特別に秀でた能力もない私が入れた一流企業。なんとしてでもしがみ付きたい。
 二十三階のフロアには誰もいなかった。もしも誰かがいたら、使う言い訳は考えてある。

『忘れ物をしてしまって。ああ、そうだ、佐伯さんに提出するメールを送り忘れていました! これだけ送ってもいいですか?』

 たいてい、佐伯さんの名前を出すとみんな同情して許してくれる。佐伯さんの営業事務は一番きついと言われているけれど、こういう時ありがたい。
 もしも残っていたのが佐伯さんならこの言い訳は通用しないし、諦めて帰らないといけないけれど、佐伯さんは遅くまで残業するタイプではないので、これまで鉢合わせたことはない。
 誰もいなくなったオフィス内でパソコンを起動させる。電気をつけると警備員さんにいることが気付かれて面倒くさいので、あえていつも薄暗いまま仕事をしている。
 視力が下がりそうだけど、そんなことも言っていられない。とにかくやり残した分を片付けなければ。
 個人情報に厳しいので、会社のパソコンを外に持ち出すことはできない。営業は認められているけれど、事務職は禁止されている。
 薄暗く静かなオフィス内の中で、存在を消すようになるべく音を出さずにタイピングを打つ。
 誰にも邪魔されることなく適度な緊張感を持って仕事できるので、日中の勤務時間以上に集中して量をこなすことができた。
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