シンデレラは王子様と離婚することになりました。
「そんなことない! 私、ずっと佐伯さんの下で働いているけど、パワハラなんてされたことないし、いつもフォローしてくれるもん。確かに凄い量の仕事を振ってくるけど、それは佐伯さんがそれだけ仕事を抱え込んでいるからで」

 必死になって佐伯をフォローする捺美を見ていると、こうやって営業事務の子たちは佐伯に惚れていったのだなとなんとなく察しがつく。
もしかして捺美、すでに佐伯に惚れているのでは……。
 嫌な予感で胸がざわつく。結婚しているとはいえ、あくまで離婚前提の契約結婚。
 貞操を頑なに守るのも、すでに心に決めた人がいるからじゃ……。
 本当は、佐伯は何もかも知っていて、というかすでに二人は付き合っていて、佐伯は『早く離婚しろよ』というジャブを打ってきたのだとしたら。

「捺美!」

 急に大きな声を上げた俺にびっくりして、捺美の肩が上がった。

「え⁉ なに⁉ 私、なんか間違えた⁉ もしかしてさっき砂糖入れたのが、塩だったとか⁉」

「いや、ごめん、そういうことじゃない」

「どういうこと? 怒っているの?」

「怒ってない。捺美……」

 うろたえる捺美に、真顔で近寄る。真剣な眼差しで、たった一言告げた。

「キスしよう」

「はい?」

「キスしよう、今すぐ」

「なんで?」

「したいから。捺美とキスしたい」

 捺美は目をパチパチさせながら、困ったような顔を浮かべている。
『いいよ』と言われる前に唇を押しつけた。余裕なんてない。いつだって捺美の前では、計算もかっこつけることもできないくらい、好きな気持ちで溢れている。
 俺のことが好きじゃなくたっていい。側にいてほしい。
 嫌われたくないから、必死で気持ちを抑えているのに、たまに暴走してしまう。
 そんな俺を、捺美は優しく受け入れてくれる。今だって、承諾も得ずにキスしたのに、拒むことなく受け入れてくれている。
 調子に乗るなって頭ではわかっている。これ以上したら、本気で平手打ちされるぞって、もう一人の冷静な俺が忠告する。
 それでも、腕の中にいる捺美が愛おしくて、胸の奥から熱い気持ちが込み上げてきて、どんどんキスが激しくなっていく。
 全部欲しい。キスだけじゃ足りない。そんな俺の熱量を、捺美は小さな体で必死に受け止める。
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