シンデレラは王子様と離婚することになりました。
 戸惑いながら、顔を赤くさせながら、俺のキスに応えていく。
 どうか、ずっと一緒にいられますように。捺美が離れていきませんように。
 どうか、どうか……。

 なぜか次の日から、捺美は俺に対して距離を置くようになった。
 神も仏も信じない俺が、あれだけ願ったのにも関わらず、むしろ逆に離れていくなんて、俺はよっぽど神仏とやらに嫌われているらしい。まあ、基本的に信じてないけど。
 車の後部座席に座っているときも、あからさまに距離を取ってくるし、なんだか避けているように感じるし、挙句の果てにはキスを断られた。
 振られるカウントダウンが始まったような気がして恐ろしくなった。どうしたらいいかわからない。なにか嫌われるようなことをしたのだろうか。
 ただただうろたえて、どう接していいかわからなくなった日々の中で、事件は起きた。あれは誰がなんと言おうと事件だ。俺の中では大事件だ。
 それは、爽やかな日差しがリビングを温かく包みこむ朝に起きた。
 捺美が「ついでだから」と言って作ってくれた朝ご飯を食べ終え、食後のコーヒーを飲んでいた時だった。

「ねぇ、そろそろ離婚しない?」

 まるで、一緒に買い物でもいかない? 的な軽いノリの言い方だった。
 捺美が放った爆弾発言に、俺は飲んでいたコーヒーを思わず吹き出しそうになった。
 急激に上がる心拍数。体中から血の気が引く感覚。
 いつか切り出されるとは思っていたけれど、まさかこんな軽いノリで、なんの前触れもなく言いだされるとは思っていなかった。
 あまりにも冷静で、あまりにも感情の乗っていない声で言われて、捺美にとって俺との離婚はたいしたことではないのだと痛感する。
 あまりにも動揺しすぎて、なんて言っていいかわからなくて、

「いつ離婚するの?」

 という問いに、

「また今度な」

 と答えてしまった。
 自分で言っておきながら、また今度っていつだよと心の中で突っ込みを入れる。
 言い訳でしかないが、『離婚はしたくない』とは契約結婚なので言えないし、期限を決めてしまったら本当に離婚することになりそうだし、苦肉の策の返事だったのだ。
 捺美の何気なく放った言葉は、俺の胸をナイフで突き刺すような威力だった。むしろ、刺された方が痛くないかもしれない。
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