シンデレラは王子様と離婚することになりました。
それはさすがにやりすぎなのではないかと、俺の良心が痛んだ。
しかし、聞きたい気持ちも抑えきれずに葛藤する。

『どうしたのですか?』

 捺美の声だ。声まで可愛い。

『実は、海外転勤の話があって……』

『ええ⁉ どこの国ですか⁉』

 やっぱり海外転勤の話か。

『好きなところでいいらしい。最初は副支店長として学んで、ゆくゆくは支店長をやってほしいと。そして日本に戻ったら相応のポジションを用意して待っているという話だった』

『とてもいい話じゃないですか!』

『俺としても、海外で学びたいという気持ちはある。英語は多少できるし』

 多少じゃないだろ。TOEICで900点以上取っているだろ。履歴書に書いてあったぞ。

『佐伯さんの将来を考えるなら、行った方がいいと思います。ただ、寂しいなとは思います……』

「やっぱりこの二人、できていますね」

 高城が俺の目を見て言ってきたので、ギロリと睨み付ける。
 こんな話を聞いてしまっていいのだろうか。さすがにこれ以上は人として良くないのではないだろうか。
 止めろという言葉が喉元まで出てかかりながらも、しっかり耳を澄ましてしまっている。

『そのことだが……一緒についてこないか?』

「はああ⁉」

 俺は思わず大きな声が出た。
 二人を離そうと思って海外転勤の話をしたのに、逆にくっつこうとしてないか⁉
 おいおい、そりゃないだろ!

『え、いや、でも……』

 捺美は驚いて戸惑っている様子だ。

「止めろ!」

 俺が叫んだので、高城は音量をオフにした。

「どうしてですか! これからが一番大事なところじゃないですか⁉」

 二人の会話を聞きたかったのか、高城は納得しない様子で反論した。

「駄目だろ、さすがにこれ以上は駄目だろ、人として!」

「倫理観や道徳観に縛られている場合ですか⁉ いいのですか、佐伯に取られても!」

「良くない!」

「じゃあ……」

「うるさい! これ以上言うな!」

理不尽に一喝すると、高城は黙り込んだ。
 この先を知りたい気持ちを抑えるのに必死だった。それに、二人が愛し合っているという事実を聞いてしまうことに怖れもあった。
 現実を知りたいけれど、知りたくない気持ちもある。むしゃくしゃして、髪を乱暴にかき上げた。

「まあ、社長がいいなら……」

 高城は開いていたパソコンを閉じた。
 俺は黙って窓際に立ち、街の喧騒を見下ろした。


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