シンデレラは王子様と離婚することになりました。
 こんなに夜遅くまで仕事していたわけ? 帰りなさいよ!
 自分のことは棚に上げ、心の中で悪態をつきながらも、顔は真っ青になっているのが自分でも分かる。手汗びっしょりだ。

(社長には、絶対に見つかるわけにはいかない)

 バレたらまずい相手のトップに君臨している。なにがなんでも逃げ切らなければ。
 深呼吸をして覚悟を決めた。エレベーターに乗るわけにはいかない。エレベーターホールを忍者のような素早い忍び足で走り、廊下端にある階段を下りる。
 下りながら二十三階であることに絶望したけれど、今は逃げ切ることが先決だ。気合だ、根性見せろ、工藤捺美!
 階段が絨毯仕様で良かったと心から思う。黒のリクルートパンプスで階段を駆け下りた。
 四階か五階分下りた時、上から怒るような声が降ってきた。

「誰だ、止まれ!」

 社長の声だ。もう、絶対、止まれない。止まれるわけがない。さらに足を加速させる。
元陸上部を舐めるなよ! 体力というか、根性には自信がある。

(どぉぉりゃあああ)

 と心の中で叫びながら階段を駆け下りる。気合が先走ってしまったのか、片方の靴が脱げた。
 一度止まって、階段を見上げる。靴は数段上に落ちていた。取りに行こうと思った瞬間。

「待て、こらあ!」

 とヤクザが怒鳴るような社長の声が聞こえて、もの凄い速さで迫っていた。
 もう恐怖だった。靴は諦めて、片方の靴も脱いでバッグに突っ込み、なりふり構わず駆け下りた。リクルートパンプスを履いていた時は、一段ずつしか下りられなかったけれど、二段、三段飛ばしで転がるように下りた。
 もう怪我をするかもとかどうでもいい。とにかく逃げなければ!
 しばらく無我夢中で駆け下りていると、後ろから追いかけて来る足音が消えた。
 おそるおそる後ろを振り返ると、階段には誰の姿もなかった。

(諦めてくれた?)

 荒い息を吐きながら、思考を巡らす。

(違う、エレベーターで先におりて私を待ち伏せする気だ)

 確かに階段を下りるより、エレベーターの方が早い。考えてみれば当然のことだ。
 エレベーターが先か、私が下りるのが先か……。
 気が付いたら、もう十階分以上は降りていた。エレベーターより先に一階に着く可能性もある。
いや、ここは確実に勝ちを手に入れよう。
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