シンデレラは王子様と離婚することになりました。
頭に靄がかかったように重く、身体も気怠さが抜けない。幸せから一転して地獄に突き落とされるとはこのことだ。
思うように仕事が進まず、デスクチェアにもたれかかって天井をぼんやりと見つめていると、高城が誰かを連れて社長室へと入ってきた。
「社長、精神科医の柳田英一先生です。先生は本もたくさん出版していてメディア出演もある第一線で活躍する著名な方です」
高城から紹介された精神科医の先生は、穏やかな笑みを浮かべて一礼した。
病院から直接来たのか、白衣を着ていていかにも先生という風貌だった。歳は四十~五十代だろうか、痩せてはいるが適度な筋肉質体型で健康的に見える。
大人しく優しそうな雰囲気だが、眼鏡の奥の目は一瞬で人を見抜くような鋭さと賢さを備えていた。
「ああ、これはどうも、わざわざお越しくださってありがとうございます。でも、精神科医のカウンセリングを受けるほどの状態ではないかと。仕事も一応できていますし」
「なにを言っているのですか。社長を診てもらうために来てもらったわけじゃないですよ。捺美さんの精神状態を解説してもらうためですよ」
「捺美の?」
驚いて精神科医の先生を見ると、にこやかに笑って肯定した。高城は、先生を応接室のソファに座らせ、社員にお茶を持ってくるように指示した。
「どんなに考えても理解できないのですよ、捺美さんの行動が。あれだけ実家から離れたがっていたのに、誰にも相談せずに戻るなんて。それに社長と本物の夫婦になれて心から嬉しそうで明るくなっていたのに。一体どうして……」
それは、俺も思っていたことだった。捺美の行動の理由がわからない。
高城は悔しそうに言葉を吐いたが、俺だって同じ気持ちだ。どうして捺美は俺を頼ってくれなかったのか。どうして俺は、捺美を守れなかったのだろう。
「先生にはおおかたの情報を渡してあります。捺美さんの家族経歴や、友人関係、結婚の経緯なども伝えました。社長の了承も得ずに申し訳ありません。早い方がいいと思いまして」
「大丈夫だ、問題ない。ありがとう」
俺も知りたかった。捺美の気持ちが。現在の捺美の考えを理解せずに無理やり実家から引き離そうとしても逆にこじれるような気もしていた。
おそらく、俺が想像するよりも、捺美と実家の関係は根深い。
先生は、俺が聞く体制に入ったのを確認し、静かに口を開いた。
「資料は読ませていただきました。捺美さんは、いわゆるヤングケアラーだったようですね」
ヤングケアラー。「本来は大人がやるべき家事や家族の世話(ケア)を日常的に行っている一八歳未満の子ども」のことを指す。
思うように仕事が進まず、デスクチェアにもたれかかって天井をぼんやりと見つめていると、高城が誰かを連れて社長室へと入ってきた。
「社長、精神科医の柳田英一先生です。先生は本もたくさん出版していてメディア出演もある第一線で活躍する著名な方です」
高城から紹介された精神科医の先生は、穏やかな笑みを浮かべて一礼した。
病院から直接来たのか、白衣を着ていていかにも先生という風貌だった。歳は四十~五十代だろうか、痩せてはいるが適度な筋肉質体型で健康的に見える。
大人しく優しそうな雰囲気だが、眼鏡の奥の目は一瞬で人を見抜くような鋭さと賢さを備えていた。
「ああ、これはどうも、わざわざお越しくださってありがとうございます。でも、精神科医のカウンセリングを受けるほどの状態ではないかと。仕事も一応できていますし」
「なにを言っているのですか。社長を診てもらうために来てもらったわけじゃないですよ。捺美さんの精神状態を解説してもらうためですよ」
「捺美の?」
驚いて精神科医の先生を見ると、にこやかに笑って肯定した。高城は、先生を応接室のソファに座らせ、社員にお茶を持ってくるように指示した。
「どんなに考えても理解できないのですよ、捺美さんの行動が。あれだけ実家から離れたがっていたのに、誰にも相談せずに戻るなんて。それに社長と本物の夫婦になれて心から嬉しそうで明るくなっていたのに。一体どうして……」
それは、俺も思っていたことだった。捺美の行動の理由がわからない。
高城は悔しそうに言葉を吐いたが、俺だって同じ気持ちだ。どうして捺美は俺を頼ってくれなかったのか。どうして俺は、捺美を守れなかったのだろう。
「先生にはおおかたの情報を渡してあります。捺美さんの家族経歴や、友人関係、結婚の経緯なども伝えました。社長の了承も得ずに申し訳ありません。早い方がいいと思いまして」
「大丈夫だ、問題ない。ありがとう」
俺も知りたかった。捺美の気持ちが。現在の捺美の考えを理解せずに無理やり実家から引き離そうとしても逆にこじれるような気もしていた。
おそらく、俺が想像するよりも、捺美と実家の関係は根深い。
先生は、俺が聞く体制に入ったのを確認し、静かに口を開いた。
「資料は読ませていただきました。捺美さんは、いわゆるヤングケアラーだったようですね」
ヤングケアラー。「本来は大人がやるべき家事や家族の世話(ケア)を日常的に行っている一八歳未満の子ども」のことを指す。