シンデレラは王子様と離婚することになりました。
「十八歳~三十歳代になると「若者ケアラー」と呼ぶこともあるのですが、捺美さんの場合は十代から継続的に家族のケアを行っていたので、厳密な専門用語ではなく一般の方にも普及しているヤングケアラーと呼ばせてください」
先生の説明に、俺は静かに頷いた。正直呼称はどちらでもいい。専門家はやたら用語を詳しく使いたがるが、重要なのはそこではない。
「実家から離れたがっていたのに、実家に戻ってしまった理由を知りたいとのことですよね。あくまで仮説であり、このような家庭環境に育った方の多くの思考回路を説明するという前提でよろしいですか?」
「かまわない」
言質を取れた先生は、安心したように話し出した。
「継娘との接触のせいで彼女は実家に戻ったように見えますが、実際は違うと思います。なぜなら、継娘との接触後も情緒が多少不安定ではあったものの、日常生活を送れているからです。数日間悩み抜いて実家に戻る決意をした、ように見えますが、実際は突然いなくなっています。資料を読むと、彼女はとても責任感があり仕事を放り出すようなタイプではない。それなのに、いまだに会社に連絡すら入れていない。継娘との接触後も普通に仕事をしていたことを考えると、彼女にとってのトリガーは継娘ではないということです」
「トリガー?」
俺が質問をすると、先生は説明に補足してくれた。
「トリガーとは、物事を引き起こすきっかけです。人によっては、場所や人物、匂いなど、トリガーとなりうる要素は様々です。彼女の行動は、突発的で不可解です。そのような行動を取るときは、過去のトラウマなどのトリガーが影響することがあります」
過去のトラウマ。捺美の家庭環境は複雑だった。家庭というのは閉ざされた空間で、そこでなにが起こっていたのかは外部の人間にはわからない。
「離婚届は書いたけれども、辞職願や休職願は出していない。ここに、捺美さんの葛藤が見て取れます。または、離婚は強く勧められたけれど、会社を辞めることは勧められていないというケースも考えられます」
先生の見解に、高城が嬉々として口を挟んできた。
「それは考えられますね。捺美さんのご家族は、捺美さんの収入もあてにしてきた経緯があります。離婚は絶対にさせたいけれど、大企業の収入は捨てきれない。捺美さんというよりも、継母や継娘の葛藤が感じられます」
捺美の字で書かれた離婚届を見たとき、人生が終わったくらいの衝撃を受けた。思い出すだけで胸が痛む。
「継娘との接触が直接の原因ではないとすると、いったい捺美になにが起きたんだ?」
「これはあくまで推論ですが……」
先生の説明に、俺は静かに頷いた。正直呼称はどちらでもいい。専門家はやたら用語を詳しく使いたがるが、重要なのはそこではない。
「実家から離れたがっていたのに、実家に戻ってしまった理由を知りたいとのことですよね。あくまで仮説であり、このような家庭環境に育った方の多くの思考回路を説明するという前提でよろしいですか?」
「かまわない」
言質を取れた先生は、安心したように話し出した。
「継娘との接触のせいで彼女は実家に戻ったように見えますが、実際は違うと思います。なぜなら、継娘との接触後も情緒が多少不安定ではあったものの、日常生活を送れているからです。数日間悩み抜いて実家に戻る決意をした、ように見えますが、実際は突然いなくなっています。資料を読むと、彼女はとても責任感があり仕事を放り出すようなタイプではない。それなのに、いまだに会社に連絡すら入れていない。継娘との接触後も普通に仕事をしていたことを考えると、彼女にとってのトリガーは継娘ではないということです」
「トリガー?」
俺が質問をすると、先生は説明に補足してくれた。
「トリガーとは、物事を引き起こすきっかけです。人によっては、場所や人物、匂いなど、トリガーとなりうる要素は様々です。彼女の行動は、突発的で不可解です。そのような行動を取るときは、過去のトラウマなどのトリガーが影響することがあります」
過去のトラウマ。捺美の家庭環境は複雑だった。家庭というのは閉ざされた空間で、そこでなにが起こっていたのかは外部の人間にはわからない。
「離婚届は書いたけれども、辞職願や休職願は出していない。ここに、捺美さんの葛藤が見て取れます。または、離婚は強く勧められたけれど、会社を辞めることは勧められていないというケースも考えられます」
先生の見解に、高城が嬉々として口を挟んできた。
「それは考えられますね。捺美さんのご家族は、捺美さんの収入もあてにしてきた経緯があります。離婚は絶対にさせたいけれど、大企業の収入は捨てきれない。捺美さんというよりも、継母や継娘の葛藤が感じられます」
捺美の字で書かれた離婚届を見たとき、人生が終わったくらいの衝撃を受けた。思い出すだけで胸が痛む。
「継娘との接触が直接の原因ではないとすると、いったい捺美になにが起きたんだ?」
「これはあくまで推論ですが……」