シンデレラは王子様と離婚することになりました。
 先生は俺から言質を取ったにも関わらず、さらに保険をかけた言い方で話し始めた。

「様々な患者を診察してきた経験から、多くあるケースとしての話をしましょう。愛着形成が困難な家庭環境で育ってきた子どもは、どんなに理不尽な目にあっても、拒否することができません。いくら周囲が離れた方がいいと説得しても、戻ってしまうケースがよくあります。本人も大人になり、親はおかしいと理解し始めても、どうしても捨てることができないのです。子どもを捨てる親はいますが、大多数の親は子どもを捨てられないでしょう。それと同じように、子どもも親を捨てられないのです」

「それは、血の繋がっていない親子でもいえることですか?」

 高城が真剣な面持ちで問う。

「もちろん、そういうケースもありますが、少数派です。多くは肉親に寄ります。血は水よりも濃いとはよく言ったもので、理性が本能に抗うことはなかなか難しいことのようです」

「つまり、トリガーは父親ということか?」

 俺の問いに先生は静かに頷いた。

「そういう可能性がある、というお話です」

 先生は最後まで断定を避けたが、それが逆に信憑性と誠実さを感じられた。

「継母や継娘が濃すぎて存在が薄く感じていたが、重要人物は父親だったのか。父親について大至急調べろ」

 俺の言葉に、すぐに高城が「はい」と返事をした。

「先生、最後に一ついいですか?」

「なんでしょう」

「捺美は、親の呪縛から逃れることはできるのですか?」

 俺は先生の目を真っ直ぐに見つめて言った。すると先生は少し考え込んでから、慎重に口を開いた。

「子どもの頃に受けた心の傷は、本人や周りが想像しているよりも深く長く人生に影響を与え続けます。結婚をして幸せな家庭を築こうと前向きに歩き始めても、結局過去の傷から人間関係が上手く築けなくなり離婚してしまう人はとても多いです。でも……」

 先生は顔を上げて、俺の顔を見つめた。

「克服している人もいます。心に負った大きな傷を、成長の糧にして人生を逞しく生きている人もちゃんといます。それには、本人の努力はもちろん、支える人の存在が必要です。簡単なことではありませんよ、その覚悟がありますか?」

「あります。捺美を失うことの方が、俺にとっては辛いことです」

即答した俺に投げかけられたのは、先生の優しい笑顔だけだった。
 例え俺が覚悟を決めたとしても、捺美が戻ってくるかはわからない。捺美自身が、どう思うかも重要なのだ。
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