君のために出来る事－君に伝えたかった言葉と伝えられなかった事－

＃6 一年A組、瀬戸翔吾 その３

　「美術部の実状、二年生から訊いただろう？悪い事言わないからお前もさっさと辞めた方が身の為だぞ」

俺は頼まれた手前、伝えるべき事だけは言っておこうと、義務的にでも言葉をかけた。
「ありがとう瀬戸くん。わたしの為に嫌な役させてごめんなさい。だけど大丈夫ですよ。わたしみたいな不細工、誰も相手にしませんから。」
彼女は苦笑すると、話はそれまでだと言わんばかりに、元の片付けに戻ろうと踵を返し背中を向けた。
その諦めにも似た笑いが、余計俺を苛立たせた。
なんて自己評価の低いやつなんだ！

「ちょっと待てよ！」

俺は彼女の言葉が無性に腹が立ち、思わず引き留めてしまった。
不思議そうな顔で振り向く彼女と目が合ったが、彼女の方が直ぐに目をそらした。
こいつは相手(ひと)の顔も真面に見れないのか!?

「お前は間違ってるぞ！」
苛立ち紛れに出した声が思いの外大きかったからか、彼女もビックリして俺の方に顔を向ける。
「見境のないやつは、相手がどんな不細工だろうが、八十過ぎた婆さんだろうが、襲う時には襲うんだよ！お前は自分の見目の悪さを気にしている様だが、そんなものはお前が手を出されない理由にはならない！」
俺は当たり前の様に、彼女に向かって断言してやった。

思ってもみなかった言葉に、暫く固まっていた彼女が、漸く口を開いた。
「瀬戸くんて、ホントにいい人だね。わたしなんかに、そこまで言ってくれる男(ひと)なんて初めてだよ」
俺はその言葉を訊いて少し安堵する。これでこいつも考え直す違いない。

「でも…絶対じゃないでしょ？」

「……!?」
俺は自分の耳を疑った。
「もしかしたら何も無いかもしれないし…」
こいつ何言ってるんだ？
俺の話訊いて無かったのか？

「瀬戸くんはクラスの女の子と話をする？」
「えっ!?そ、そりゃあ同じクラスなんだし…」
突然、何の脈絡も無い様な質問に俺は言葉を濁した。

「普通はそうだよね。でもね、わたしに自分から話かけてくれる男の子なんていないんだよ」
俯いて話す彼女の言葉に、俺は喉の奥に物が詰まったみたいな、胸が悪くなる感覚を覚えた。

「他の子にはつまんない話でも振るわりに、何気ない挨拶だって無視されることもある」
唇を噛む仕草が、彼女にとってそれがどれ程辛い事柄だったか、容易に想像出来た。

「大丈夫」

その言葉が、自分に対してなのか、俺に対してなのか、判らない微妙な差異を含ませて、暫くしてから再び話出した。
「わたしに対する男子の扱いなんてそんなものだよ。万が一何かあったとしても、黒歴史が一つ増えるだけだから、瀬戸くんも気にしないで」

相変わらず乾いた笑いを浮かべる彼女に、怒りの雷光が俺の脳天を直撃する。
「お前は、危険かも知れないと判ってて、それでも残るんだな！」
物凄い形相で詰め寄った。
余りの事に、彼女も少し怯えているのが判る。

「は…初恋なのっ！あるか無いか判らない事の為に、一年間しかない思い出を作る機会を失いたくないの！」
半分泣きそうになりながら彼女が叫んだ。
彼女の言葉に、俺の頭の中で何かがブチ切れた。

「お前に何を言っても無駄だってよく判ったよ！勝手にしろ!!」

俺は在り来たりの捨て台詞を吐き捨て、乱暴にドアを閉めて準備室を出ると、そのまま美術室へと向かった。

バカか？あいつはバカなのか？
全く何を言ってるんだ？
自分の貞操を失うかもしれないんだぞ？
それも、相手はどうしようもないクズだ！
あんなバカ見たことがない！

俺は怒りに震えたまま、美術室のドアを思いきり開ける。

俺の姿を見た先輩が声をかけてきた。
「瀬戸くん、彼女…」

「俺、残りますから!!」

怒りで肩を震わせ、紅潮した形相の俺。
呆気にとられ言葉も出ない先輩。


俺と真古都の、高校生活の始まりだった。