憧れのCEOは一途女子を愛でる
 普通のシートベルトなのに、しっかりと差し込めなくて手間取っていたら、運転席に乗り込んできた彼が手を伸ばして助けてくれた。
 顔の距離がぐっと近くなり、それだけでドキドキと鼓動が早まってくる。

「すみません、緊張して……」

「君は俺の前ではいつも緊張してるね。まぁ……今日は俺もだけど」

「え?」

 言われた意味がよくわからなくて聞き返してみたが、彼は「なんでもない」と小さくつぶやてエンジンをかけた。
 そして、車内に置いてあったコンビニのレジ袋からお茶のペットボトルを取り出して私に手渡してくる。

「さっき買ったばかりだからまだ冷えてると思う」

「ありがとうございます」

「喉渇いてるだろ?」

 たしかに彼の言うとおり、弱弱しい祖父の姿を見て取り乱した私は泣きじゃくってしまったから、少し前から喉がカラカラだった。
 涙をたくさん流したせいなのか、身体が水分を欲していた。
 お茶がおいしくてゴクゴクと勢いよく喉に流し込むと、なんだかホッとして緊張がほぐれてくる。

「倫治さんが倒れたって聞いて驚いたけど、大丈夫そうでよかった。また日をあらためてお見舞いにうかがうよ」

 ハンドルに右手を乗せて運転をしている彼が、前を向いたままそう言った。車は幹線道路をすいすいと進んでいく。

「お騒がせしてすみませんでした。辰巳さんにも本当にお世話になって……どうお礼をすればいいか……」

「倫治さんは大切な友達だから当然だ。じいさんのことは気にしなくていい」

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