憧れのCEOは一途女子を愛でる
「朔也は超が付く優良物件だって、伊地知さんは気付くべきだ」

 あきれたとばかりに首を左右に小さく振る朝陽を見て、俺は瞬時に嫌な予感が走った。

「伊地知さんにはなにも言うなよ?」

 朝陽は今までどんな女性からアプローチをされても(なび)かなかったのに、香椎さんとの結婚を突然決めた。
 いきなりプロポーズをしろだなどと俺に突飛なアドバイスをしておきながら、自分自身が実行したのだ。朝陽にとって香椎さんが運命の相手だったから。

「朔也が先輩と結婚したがってますよって? そんなことは言わないさ」

 俺にとっては伊地知さんが誰よりも特別な存在で大事にしたい女性だけれど、長年こじらせすぎて、好きすぎて……迂闊に動けない。
 そこが俺と朝陽の大きな違いなのだと思う。

 朝陽は仕事でもプライベートでも、本能が働くと直感的に決断することがある。
 そのときは迷いはないし、当然のように良い結果が出たりする。朝陽には先見の明があり、なにをやらせてもセンスがいい。
 だから俺は朝陽が会社を作りたいと言いだしたとき、間髪入れずにやれと助言した。
 そんな朝陽と比べたら自分は情けなくて小さい人間だなとつくづく思う。……そもそも比べる相手が間違っているか。


 仕事を終えて帰宅しようとしたら、一階のロビーで伊地知さんとばったり鉢合わせた。
 そういえば今日は忙しくて彼女の姿を見ていなかったから、偶然会えたのはうれしい。

「また黒くなったんじゃない?」

 彼女は周りに誰もいないのを確認したあと、俺の顔を見ながらボソリとそう言って歩き出す。
 ほかの社員の前では専務という立場の俺に対して敬語を使っているから、人目が気になったのだろう。

「夏は誰でも日焼けするよ」

「五十嵐くんの場合はサーフィンのしすぎでしょ。ていうか、それだけ海に行ってたら女の子たちからナンパされるよね。サーファーってモテそうだし」

「心配?」

 冗談めかして返事をしたものの、今日の彼女は変だなと違和感を覚えた。
 今の発言は、自分の目が届かないところで俺がほかの女性と遊んでいないかどうか気になっているとも取れるから。

 海で仲間たちとサーフィンを楽しんでいたら、たしかに声を掛けられることはある。イケメンの朝陽が一緒ならなおさら。
 だけど俺がチャラチャラと遊んだりしない人間なのは、彼女はわかっていると思っていた。決して出会い目的で海に行っているわけではないのだと。

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