別れが訪れるその日まで
9 関係がバレた!
一夜明けた次の日。学校に来た私はソワソワした気持ちで、教室に入った。
紫苑君、もう来てるかな? なんて挨拶しよう?
だけど期待に反して、紫苑君の席は空っぽ。どうやらまだ、登校してないみたい。
『あー、まだ来てないかー。しょうがない、しばらく待とう』
お姉ちゃんに言われて自分の席に向かうと、先に登校していた寧々ちゃんと瑞穂ちゃんが、「おはよう」って声をかけてくる。
そういえば昨日は言いそびれちゃったけど、二人には紫苑君と幼馴染みだって、言った方が良いのかな?
だけど、話そうとしたその時。
「鈴代さん、ちょっといい?」
後ろから、冷たい感じの声をかけられた。
振り向くとそこにいたのは同じクラスの女子、石元円さん。
けどいったい、何の用だろう?
髪にパーマをかけ、いつもバッチリメイクを決めている石元さんは、クラスの女王様みたいな女の子。
対して私は、モブ中のモブ。住む世界が違うし、今まで話したこともほとんど無いのに、どうして?
そして、やって来たのは石元さんだけじゃなかった。彼女の後ろには数人の女子が集まってきて、みんななぜかにらむような目で、私を見ている。
そして。
「昨日放課後、春田君と一緒に帰ったって本当?」
「ふぇ? な、何を言ってるの? そんなこと……」
いや待って。一緒に帰ってはいないけど、帰りに公園で、紫苑君と会ってる。
『あれを誰かが見て、勘違いしちゃったのかな?』
たぶんお姉ちゃんの、言う通りだと思う。
「誤解だよ。確かに一緒にはいたけど……」
「あ、白状したね!」
「私達昨日、春田君を遊びに誘ったのに、家の手伝いがあるからって言って帰ったんだよ。なのに鈴代さん、抜け駆けしたの!?」
違う、会ったのは偶然だよ。
すると寧々ちゃんが、間に割って入ってくる。
「ちょっと待った。芹は誤解だって言ってるじゃん」
『そうだそうだー! ちゃんと人の話を聞けー!』
皆には聞こえてないけど、お姉ちゃんも声を上げる。
けど、石元さんは止まらない。
「何が誤解だって言うのよ。説明しなさいよ」
「その、一緒に帰ったんじゃなくて、たまたま。帰りにたまたま紫苑君を見かけて、それで……」
「「「紫苑君!?」」」
皆の声が重なった。
し、しまったー!
つい昔のクセで下の名前で呼んじゃってたけど、もう中学生なんだから、男子は名字で呼ぶのが普通。
も、もしかして、地雷踏んじゃったかも。
「名前呼びとか、馴れ馴れしくない?」
「まさか、付き合ってたりしないよね」
「いや、それはないでしょ。なんで鈴代さんなんかと」
ううっ、分かってはいたけど、そんな風に言われるとやっぱりへこむ。
寧々ちゃんは「あんた達いい加減にしなさい」と喧嘩腰になってて、瑞穂ちゃんがそれを抑えているけど、爆発寸前って感じ。
そして、お姉ちゃんはお姉ちゃんで。
『ええーい、このわからず屋めー。今こそ、ポルターガイストを起こす時……』
なんか物騒なこと言ってる!
このままじゃ私のせいで、大ケンカになっちゃうかも。
けど、最悪の事態を想定したその時。
「ねえ、僕の名前が聞こえたみたいだけど、これは何の騒ぎ?」
「春田君!」
そこには、登校してきた紫苑君の姿が。
そして彼は石元さん達に囲まれた私を見て、何かを察したように表情を険しくする。
「何かあったの?」
「これは……昨日春田君が、鈴代さんと帰ってるのを見た人がいて」
「話を聞いたら鈴代さん、春田君のことを名前で呼んでて。馴れ馴れしすぎないって、注意してたのよ」
冷たい視線を浴びて身を縮めたけど、途端に紫苑君が言う。
「それは違うよ。一緒に帰ったんじゃなくて偶然会って、僕から声をかけたんだ」
「春田君から? 何で?」
「前に僕がこの辺に住んでたって話はしたよね。その時家が近所だったんだ」
「へ? そうだったの?」
突然のカミングアウトに、皆はザワつき出す。
けど、石元さんはまだ納得していない様子。
「なるほどね。でもさすがに今も名前呼びって言うのは、馴れ馴れしすぎないかなあ?」
「ごめん、それも僕のせい。僕が芹ちゃ……芹さんの事を下の名前で呼んでたから。芹さんの方も、変えるタイミングを失くしちゃったんだと思う」
あ、今「芹ちゃん」って言いかけて、言い直した。
昨日はちゃん付けて呼んでたけど、空気を読んで呼び方を変えたのだろう。
「芹さんには双子のお姉さんがいたからね。名字呼びだと、どっちのことか分からなかったんだ。だよね」
「う、うん。紫苑君だけじゃなくて、結構な人が下の名前で呼んでたの」
お姉ちゃんが事故で死んじゃってからは別だけど、それまでは男子も女子もみんな名前呼びだった。
これはきっと、双子あるあるだと思う。
「え、鈴代さんって双子だったの?」
「そんなの初めて聞いたよ。見たことないけど、別の学校?」
話の流れが変わって、次々と質問されたけど、私はブンブンと首を横に振る。
「ええと、それが。お姉ちゃんはもう、亡くなってて」
「あ、そうなんだ。……なんかゴメン」
さっきまで私を責めていた子達もさすがに気まずくなったのか、しんみりした空気になる。
もっともそのお姉ちゃんは、今もすぐ横にいるんだけどね。
「まあとにかくそういうわけで、つい名前で呼んじゃってたんだ。都合が悪いなら呼び方を変えるけど、どうしようか?」
「わ、私は別にどっちでも良いけど。呼びやすい方で」
「それじゃあ、今まで通りで良いかな。今更変えるのも面倒くさいし」
「う、うん。紫苑君がそれで良いなら」
これでみんなが納得したかは分からないけど、幸いそれ以上ゴネてくる人はいない。
ただし石元さんは。
「それじゃああたしも、紫苑君って呼んで良い? 鈴代さんだって呼んでるんだから、良いよねー?」
さっきは馴れ馴れしいって怒ってたのに、今度は甘えたような声でお願いしてる。
紫苑君は困ったような顔をしたけど、断れなかったのか、「まあ良いけど」と承諾しちゃった。
「あたしのことも、円《まどか》って呼んでいいからね」
「分かった。分かったから、そんなにくっつかないでよ、《《石元さん》》」
絡んできたのは石元さんなのに、もう私なんて眼中に無いみたい。他の子達と一緒に、紫苑君を連行して行っちゃった。
後には私とお姉ちゃん、それに寧々ちゃんと瑞穂ちゃんが残される。
『ふん、ベタベタくっついて、馴れ馴れしいのはどっちさ。それに一言くらい、芹に謝れっての』
私は別に良いよ。
今回ばかりは、お姉ちゃんが幽霊で良かったかも。でなきゃきっと、ケンカになってたもの。
「そういえば芹ちゃん。春田君と幼馴染みだって、どうして教えてくれなかったの?」
「ご、ごめん。つい言いそびれちゃって」
「謝らなくてもいいよ。けど納得した。それで昨日はずっと、春田君のこと見てたんだね」
え、私そんなに、紫苑君のことばっかり見てた?
さ、さすが瑞穂ちゃん。隣の席だけあって、私のことをよーく見てらっしゃる。
するとさらに。
「うーむ。そう言えば芹、春田君が転校してくる事を言い当ててたっけ。これはもしや、愛の力か?」
ぶはっ、寧々ちゃん何言ってるの!
「あ、やっぱり寧々ちゃんもそう思う? となると、ここは一つ」
「うん。あたし達で芹を応援してやろうじゃないの」
ガシッと握手を交わす二人。
ちょっ、ちょっと。何か変な勘違いしちゃってない?
「ま、待ってよ。私は別に、紫苑くんのことは何とも……」
『とかなんとか言って、本当はまだ好きなんでしょ。昨夜も寝言で、紫苑く~んって言ってたじゃない』
お姉ちゃんは黙ってて!
『芹、石元さんなんかに、負けちゃダメだからね』
いや、勝つも負けるも、そもそも戦う気なんてないから。
そりゃあ昔は好きだったし仲も良かったけどさ。私は綺麗じゃなければ、可愛くもないんだもん。
大それた夢を、見たりはしないのだ。身の程はちゃんと、わきまえてるよ。
だと言うのに、お姉ちゃんも瑞穂ちゃんも寧々ちゃんも、何故かやる気満々。
結局ホームルームが始まるまでの間、私は三人からいじられまくるのだった。
紫苑君、もう来てるかな? なんて挨拶しよう?
だけど期待に反して、紫苑君の席は空っぽ。どうやらまだ、登校してないみたい。
『あー、まだ来てないかー。しょうがない、しばらく待とう』
お姉ちゃんに言われて自分の席に向かうと、先に登校していた寧々ちゃんと瑞穂ちゃんが、「おはよう」って声をかけてくる。
そういえば昨日は言いそびれちゃったけど、二人には紫苑君と幼馴染みだって、言った方が良いのかな?
だけど、話そうとしたその時。
「鈴代さん、ちょっといい?」
後ろから、冷たい感じの声をかけられた。
振り向くとそこにいたのは同じクラスの女子、石元円さん。
けどいったい、何の用だろう?
髪にパーマをかけ、いつもバッチリメイクを決めている石元さんは、クラスの女王様みたいな女の子。
対して私は、モブ中のモブ。住む世界が違うし、今まで話したこともほとんど無いのに、どうして?
そして、やって来たのは石元さんだけじゃなかった。彼女の後ろには数人の女子が集まってきて、みんななぜかにらむような目で、私を見ている。
そして。
「昨日放課後、春田君と一緒に帰ったって本当?」
「ふぇ? な、何を言ってるの? そんなこと……」
いや待って。一緒に帰ってはいないけど、帰りに公園で、紫苑君と会ってる。
『あれを誰かが見て、勘違いしちゃったのかな?』
たぶんお姉ちゃんの、言う通りだと思う。
「誤解だよ。確かに一緒にはいたけど……」
「あ、白状したね!」
「私達昨日、春田君を遊びに誘ったのに、家の手伝いがあるからって言って帰ったんだよ。なのに鈴代さん、抜け駆けしたの!?」
違う、会ったのは偶然だよ。
すると寧々ちゃんが、間に割って入ってくる。
「ちょっと待った。芹は誤解だって言ってるじゃん」
『そうだそうだー! ちゃんと人の話を聞けー!』
皆には聞こえてないけど、お姉ちゃんも声を上げる。
けど、石元さんは止まらない。
「何が誤解だって言うのよ。説明しなさいよ」
「その、一緒に帰ったんじゃなくて、たまたま。帰りにたまたま紫苑君を見かけて、それで……」
「「「紫苑君!?」」」
皆の声が重なった。
し、しまったー!
つい昔のクセで下の名前で呼んじゃってたけど、もう中学生なんだから、男子は名字で呼ぶのが普通。
も、もしかして、地雷踏んじゃったかも。
「名前呼びとか、馴れ馴れしくない?」
「まさか、付き合ってたりしないよね」
「いや、それはないでしょ。なんで鈴代さんなんかと」
ううっ、分かってはいたけど、そんな風に言われるとやっぱりへこむ。
寧々ちゃんは「あんた達いい加減にしなさい」と喧嘩腰になってて、瑞穂ちゃんがそれを抑えているけど、爆発寸前って感じ。
そして、お姉ちゃんはお姉ちゃんで。
『ええーい、このわからず屋めー。今こそ、ポルターガイストを起こす時……』
なんか物騒なこと言ってる!
このままじゃ私のせいで、大ケンカになっちゃうかも。
けど、最悪の事態を想定したその時。
「ねえ、僕の名前が聞こえたみたいだけど、これは何の騒ぎ?」
「春田君!」
そこには、登校してきた紫苑君の姿が。
そして彼は石元さん達に囲まれた私を見て、何かを察したように表情を険しくする。
「何かあったの?」
「これは……昨日春田君が、鈴代さんと帰ってるのを見た人がいて」
「話を聞いたら鈴代さん、春田君のことを名前で呼んでて。馴れ馴れしすぎないって、注意してたのよ」
冷たい視線を浴びて身を縮めたけど、途端に紫苑君が言う。
「それは違うよ。一緒に帰ったんじゃなくて偶然会って、僕から声をかけたんだ」
「春田君から? 何で?」
「前に僕がこの辺に住んでたって話はしたよね。その時家が近所だったんだ」
「へ? そうだったの?」
突然のカミングアウトに、皆はザワつき出す。
けど、石元さんはまだ納得していない様子。
「なるほどね。でもさすがに今も名前呼びって言うのは、馴れ馴れしすぎないかなあ?」
「ごめん、それも僕のせい。僕が芹ちゃ……芹さんの事を下の名前で呼んでたから。芹さんの方も、変えるタイミングを失くしちゃったんだと思う」
あ、今「芹ちゃん」って言いかけて、言い直した。
昨日はちゃん付けて呼んでたけど、空気を読んで呼び方を変えたのだろう。
「芹さんには双子のお姉さんがいたからね。名字呼びだと、どっちのことか分からなかったんだ。だよね」
「う、うん。紫苑君だけじゃなくて、結構な人が下の名前で呼んでたの」
お姉ちゃんが事故で死んじゃってからは別だけど、それまでは男子も女子もみんな名前呼びだった。
これはきっと、双子あるあるだと思う。
「え、鈴代さんって双子だったの?」
「そんなの初めて聞いたよ。見たことないけど、別の学校?」
話の流れが変わって、次々と質問されたけど、私はブンブンと首を横に振る。
「ええと、それが。お姉ちゃんはもう、亡くなってて」
「あ、そうなんだ。……なんかゴメン」
さっきまで私を責めていた子達もさすがに気まずくなったのか、しんみりした空気になる。
もっともそのお姉ちゃんは、今もすぐ横にいるんだけどね。
「まあとにかくそういうわけで、つい名前で呼んじゃってたんだ。都合が悪いなら呼び方を変えるけど、どうしようか?」
「わ、私は別にどっちでも良いけど。呼びやすい方で」
「それじゃあ、今まで通りで良いかな。今更変えるのも面倒くさいし」
「う、うん。紫苑君がそれで良いなら」
これでみんなが納得したかは分からないけど、幸いそれ以上ゴネてくる人はいない。
ただし石元さんは。
「それじゃああたしも、紫苑君って呼んで良い? 鈴代さんだって呼んでるんだから、良いよねー?」
さっきは馴れ馴れしいって怒ってたのに、今度は甘えたような声でお願いしてる。
紫苑君は困ったような顔をしたけど、断れなかったのか、「まあ良いけど」と承諾しちゃった。
「あたしのことも、円《まどか》って呼んでいいからね」
「分かった。分かったから、そんなにくっつかないでよ、《《石元さん》》」
絡んできたのは石元さんなのに、もう私なんて眼中に無いみたい。他の子達と一緒に、紫苑君を連行して行っちゃった。
後には私とお姉ちゃん、それに寧々ちゃんと瑞穂ちゃんが残される。
『ふん、ベタベタくっついて、馴れ馴れしいのはどっちさ。それに一言くらい、芹に謝れっての』
私は別に良いよ。
今回ばかりは、お姉ちゃんが幽霊で良かったかも。でなきゃきっと、ケンカになってたもの。
「そういえば芹ちゃん。春田君と幼馴染みだって、どうして教えてくれなかったの?」
「ご、ごめん。つい言いそびれちゃって」
「謝らなくてもいいよ。けど納得した。それで昨日はずっと、春田君のこと見てたんだね」
え、私そんなに、紫苑君のことばっかり見てた?
さ、さすが瑞穂ちゃん。隣の席だけあって、私のことをよーく見てらっしゃる。
するとさらに。
「うーむ。そう言えば芹、春田君が転校してくる事を言い当ててたっけ。これはもしや、愛の力か?」
ぶはっ、寧々ちゃん何言ってるの!
「あ、やっぱり寧々ちゃんもそう思う? となると、ここは一つ」
「うん。あたし達で芹を応援してやろうじゃないの」
ガシッと握手を交わす二人。
ちょっ、ちょっと。何か変な勘違いしちゃってない?
「ま、待ってよ。私は別に、紫苑くんのことは何とも……」
『とかなんとか言って、本当はまだ好きなんでしょ。昨夜も寝言で、紫苑く~んって言ってたじゃない』
お姉ちゃんは黙ってて!
『芹、石元さんなんかに、負けちゃダメだからね』
いや、勝つも負けるも、そもそも戦う気なんてないから。
そりゃあ昔は好きだったし仲も良かったけどさ。私は綺麗じゃなければ、可愛くもないんだもん。
大それた夢を、見たりはしないのだ。身の程はちゃんと、わきまえてるよ。
だと言うのに、お姉ちゃんも瑞穂ちゃんも寧々ちゃんも、何故かやる気満々。
結局ホームルームが始まるまでの間、私は三人からいじられまくるのだった。