別れが訪れるその日まで
10 紫苑くんをご招待
今日は朝から石元さん達に責められて、寧々ちゃんと瑞穂ちゃんには紫苑君のことを根掘り葉掘り聞かれて、すっごく疲れた。
けどどうやら、まだ終わりじゃなかったみたい。帰宅して、リビングでテレビを見ていると、ママが。
「そう言えば今日、スーパーで春田さん。紫苑君のお母さんに会ったわ」
紫苑君のお母さん?
テレビを見るのをやめて、ママを見る。
「驚いたわ。紫苑君、こっちに帰ってきたんだってね。芹と同じ学校だって言ってたけど、あんた知らない?」
「知ってる。と言うか、同じクラス。昨日転校してきたの」
「あら、そうだったの? どうして教えてくれなかったのよー」
『あ、そういえば忘れてたね。芹、しっかりしてよー』
忘れてたのは、お姉ちゃんも一緒でしょ。
ソファーでゴロンと横になっていたボタも、そうだそうだと言いたげに「ニャ~」って鳴く。
「紫苑君、まだバスケ続けてるんだって。昔は運動苦手で、同級生の中でも小さかったのに、バスケをしだしてから急に背が伸びてたわよね」
「ああ、そういえばそうだっけ」
小学校低学年の頃は、小柄でどちらかと言うとインドアだった紫苑くん。
だけどバスケを始めてからは逞しくなって、背もすくすく伸びていったんだった。
それまでは私やお姉ちゃんと変わらないくらいだったのに、あっという間に頭1つ分くらい大きくなったけど、再会してみたらもっと伸びていた。
私はこの3年で3センチしか延びなかったのに、羨ましいよ。
「前は外で遊ぶよりも、家の中で本を読むのが好きな子だったのにね。そう言えば、どうして急に始めたのかしら?」
「えーと、確か漫画の影響だったんじゃないかなあ。あの頃読んでたバスケ漫画に出てくる男の子に、憧れたんじゃなかったっけ」
そうそう。元々私が好きだった漫画を、紫苑君に見せて。そしたら急に始めたんだっけ。
読んでいたのはバスケ部の男の子と、マネージャーの女の子の恋を描いた少女漫画。ヒーローキャラの男の子、カイト君が格好良くて、私もハマってたんだよねー。
『あたしも思い出した。で、確かバスケが上手くなるにつれて、紫苑君のこと格好良いって言う女子が増えたんだっけ』
「ああ、そうだったね」
ママに聞こえないよう、小声でお姉ちゃんに返事をする。
それまで紫苑君に見向きもしなかった子達もさわいじゃって。思えばあれが、紫苑君にとっての転換期だったのかも。
けど急に人気が出始めた紫苑君を見て、モヤモヤしたなー。
私はもっとずっと前から、好きだったのにって。
もっとも今となっては、そんなのは何のアドバンテージにもならないんだけどね。
「あ、そうだママ。今度紫苑君を、うちに呼んで良いかな。お姉ちゃんに線香をあげたいって言われたんだけど」
「紫苑君がそんなことを? 良いわよ、紫苑君なら大歓迎だし、きっと奈沙も喜ぶわ」
言い出しっぺはその、お姉ちゃんなんだけどね。
けど、ママも嬉しそう。
ボタも話の内容が分かるのか、楽しそうにニャーニャー鳴いて、足に体を刷り寄せてくる。
ふふっ、ボタってばくすぐったいよ。
男の子を家に呼ぶのはやっぱりドキドキだけど、何だか昔に戻れるみたいで、内心私も嬉しかった。
◇◆◇◆
日曜日のお昼過ぎ。私は自分の部屋で本のページをめくっていたけど、内容は頭に入ってこなかった。
だって今日は数年ぶりに、紫苑君がうちに来るんだもの。
あれから紫苑君と話して、今日うちに来ることになったんだけど、私は朝からずっとソワソワ。
掃除は昨日済ませた。服装は、変じゃないかな?
ああ、やっぱり最後まで迷ってた、スカートの方が良かったかも。
前は当たり前のようにうちに遊びに来てたのに、こんなに緊張しちゃうなんて変。
するとそんな私を見て、お姉ちゃんが苦笑いを浮かべる。
『落ち着きなって。別にデートするわけでもないし、服にまでそんな気を使わなくても』
「気くらい使うよ。無頓着なお姉ちゃんの方がおかしいんだよ」
『だってあたし幽霊だしー。お洒落してても、パジャマ着てても同じだもーん』
お姉ちゃんは一応、Tシャツにボトムスと言う無難なコーデはしているけど、これもどうせ見えないならどんな格好をしてても同じと、適当に選んだもの。
お洒落に気を使わなくてすむなんて、羨ましいのか羨ましくないのか。
ちなみに、幽霊のお姉ちゃんがどうやって着替えるのかって言うと、念じたらまるでテレビアニメの魔法少女みたいに、着ている服がパアッて変わっちゃうの。
原理はまるで分からないけど、幽霊パワーって凄すぎる。
どんな服でも念じるだけで出てくるから、これは正直に羨ましい。私にもこんなパワーがあったら、もっとお洒落できるのになあ。
──ピンポーン!
突然、インターホンが鳴る。
き、来た!
慌てて部屋を出て玄関に行くと、既にママが出迎えていて、その先には紫苑君の姿があった。
「こんにちはおばさん、お久しぶりです」
「あらあら。紫苑君ってば大きくなって」
ブラウンカラーのシャツに、黒いズボンを履いていて、手にはバッグを下げている。
学校にいる時と違って今日は私服だから、何だか新鮮。
思わず見とれていると、紫苑君は私を見て、ニコッと笑った。
「こんにちは、芹さん」
「こ、こここ、こんにちは。今日は来てくれてありがとう」
「僕も久しぶりに来れて嬉しいよ。お邪魔するね」
昔何度も来ていただけあって、彼はうちのことは知り尽くしている。
玄関から上がって仏壇に行った紫苑君は、お姉ちゃんの遺影に手を合わせる。
本物のお姉ちゃんは仏壇ではなく私の隣にいるんだけど、姿を見ることができない紫苑君は目を閉じて、真剣に祈っていた。
「奈沙ちゃ……奈沙さんが亡くなったのが10月24日だから、もうすぐ3回忌だよね。まだ信じられない。今もまだ、どこかに隠れてる気がするよ」
「うん、私もそう思うよ」
『実際いるからねえ』
お姉ちゃんは茶化すように言ったけど、その声は紫苑君には届かない。
それに確かにいるけど、亡くなったことに変わり無いのが、やっぱり悲しいや。
「そうだ。これ、奈沙さん好きだったよね」
思い出したようにバッグの中から取り出したのは、この前お姉ちゃんがおねだりした、シュークリーム。
ちゃんと覚えて、買ってきてくれたんだ。
「わざわざありがとう、奈沙も喜ぶわ。傷むといけないから、冷蔵庫に入れておくわね」
シュークリームを手に、部屋を出るママ。
私達はどうしよう? お参りもすんだし、リビングにでも移動した方が良かな。
『芹、ボーッとしてないで、あたし達の部屋に案内しなよ』
「う、うん。紫苑君、とりあえず私の部屋に行こう」
「えっ、芹さんの部屋? いいの、行っても?」
「へ? そりゃあまあ良いけど……」
って、待って。今私、何て言った?
さっきまではリビングに行こうって思ってたけど、お姉ちゃんに急かされて言ったのは……わ、私の部屋だ!
気づいた途端、ブワッと汗が吹き出てくる。
決して嫌なわけじゃないけど、紫苑君とは言え、男子を部屋に入れるのはちょっと恥ずかしい気も……。
『往生際が悪いよ。何のために昨日掃除してたのさ。昔は当たり前に出入りさせてたんだし、今更恥ずかしがることないでしょ』
そりゃあそうだけどさあ。
ええい、分かったよ。女は度胸、招待してやろうじゃないの!
「私は構わないよ。リビングが良いって言うなら、そっちでも良いけど」
「いや、その……僕はどっちでも」
「そ、そう? じゃあ、行こうか」
私も相当テンパってたけど、紫苑君の受け答えもたどたどしく、顔も照れたように赤くなっていた。
ひょっとして紫苑君も、緊張してるのかも?
けどどうやら、まだ終わりじゃなかったみたい。帰宅して、リビングでテレビを見ていると、ママが。
「そう言えば今日、スーパーで春田さん。紫苑君のお母さんに会ったわ」
紫苑君のお母さん?
テレビを見るのをやめて、ママを見る。
「驚いたわ。紫苑君、こっちに帰ってきたんだってね。芹と同じ学校だって言ってたけど、あんた知らない?」
「知ってる。と言うか、同じクラス。昨日転校してきたの」
「あら、そうだったの? どうして教えてくれなかったのよー」
『あ、そういえば忘れてたね。芹、しっかりしてよー』
忘れてたのは、お姉ちゃんも一緒でしょ。
ソファーでゴロンと横になっていたボタも、そうだそうだと言いたげに「ニャ~」って鳴く。
「紫苑君、まだバスケ続けてるんだって。昔は運動苦手で、同級生の中でも小さかったのに、バスケをしだしてから急に背が伸びてたわよね」
「ああ、そういえばそうだっけ」
小学校低学年の頃は、小柄でどちらかと言うとインドアだった紫苑くん。
だけどバスケを始めてからは逞しくなって、背もすくすく伸びていったんだった。
それまでは私やお姉ちゃんと変わらないくらいだったのに、あっという間に頭1つ分くらい大きくなったけど、再会してみたらもっと伸びていた。
私はこの3年で3センチしか延びなかったのに、羨ましいよ。
「前は外で遊ぶよりも、家の中で本を読むのが好きな子だったのにね。そう言えば、どうして急に始めたのかしら?」
「えーと、確か漫画の影響だったんじゃないかなあ。あの頃読んでたバスケ漫画に出てくる男の子に、憧れたんじゃなかったっけ」
そうそう。元々私が好きだった漫画を、紫苑君に見せて。そしたら急に始めたんだっけ。
読んでいたのはバスケ部の男の子と、マネージャーの女の子の恋を描いた少女漫画。ヒーローキャラの男の子、カイト君が格好良くて、私もハマってたんだよねー。
『あたしも思い出した。で、確かバスケが上手くなるにつれて、紫苑君のこと格好良いって言う女子が増えたんだっけ』
「ああ、そうだったね」
ママに聞こえないよう、小声でお姉ちゃんに返事をする。
それまで紫苑君に見向きもしなかった子達もさわいじゃって。思えばあれが、紫苑君にとっての転換期だったのかも。
けど急に人気が出始めた紫苑君を見て、モヤモヤしたなー。
私はもっとずっと前から、好きだったのにって。
もっとも今となっては、そんなのは何のアドバンテージにもならないんだけどね。
「あ、そうだママ。今度紫苑君を、うちに呼んで良いかな。お姉ちゃんに線香をあげたいって言われたんだけど」
「紫苑君がそんなことを? 良いわよ、紫苑君なら大歓迎だし、きっと奈沙も喜ぶわ」
言い出しっぺはその、お姉ちゃんなんだけどね。
けど、ママも嬉しそう。
ボタも話の内容が分かるのか、楽しそうにニャーニャー鳴いて、足に体を刷り寄せてくる。
ふふっ、ボタってばくすぐったいよ。
男の子を家に呼ぶのはやっぱりドキドキだけど、何だか昔に戻れるみたいで、内心私も嬉しかった。
◇◆◇◆
日曜日のお昼過ぎ。私は自分の部屋で本のページをめくっていたけど、内容は頭に入ってこなかった。
だって今日は数年ぶりに、紫苑君がうちに来るんだもの。
あれから紫苑君と話して、今日うちに来ることになったんだけど、私は朝からずっとソワソワ。
掃除は昨日済ませた。服装は、変じゃないかな?
ああ、やっぱり最後まで迷ってた、スカートの方が良かったかも。
前は当たり前のようにうちに遊びに来てたのに、こんなに緊張しちゃうなんて変。
するとそんな私を見て、お姉ちゃんが苦笑いを浮かべる。
『落ち着きなって。別にデートするわけでもないし、服にまでそんな気を使わなくても』
「気くらい使うよ。無頓着なお姉ちゃんの方がおかしいんだよ」
『だってあたし幽霊だしー。お洒落してても、パジャマ着てても同じだもーん』
お姉ちゃんは一応、Tシャツにボトムスと言う無難なコーデはしているけど、これもどうせ見えないならどんな格好をしてても同じと、適当に選んだもの。
お洒落に気を使わなくてすむなんて、羨ましいのか羨ましくないのか。
ちなみに、幽霊のお姉ちゃんがどうやって着替えるのかって言うと、念じたらまるでテレビアニメの魔法少女みたいに、着ている服がパアッて変わっちゃうの。
原理はまるで分からないけど、幽霊パワーって凄すぎる。
どんな服でも念じるだけで出てくるから、これは正直に羨ましい。私にもこんなパワーがあったら、もっとお洒落できるのになあ。
──ピンポーン!
突然、インターホンが鳴る。
き、来た!
慌てて部屋を出て玄関に行くと、既にママが出迎えていて、その先には紫苑君の姿があった。
「こんにちはおばさん、お久しぶりです」
「あらあら。紫苑君ってば大きくなって」
ブラウンカラーのシャツに、黒いズボンを履いていて、手にはバッグを下げている。
学校にいる時と違って今日は私服だから、何だか新鮮。
思わず見とれていると、紫苑君は私を見て、ニコッと笑った。
「こんにちは、芹さん」
「こ、こここ、こんにちは。今日は来てくれてありがとう」
「僕も久しぶりに来れて嬉しいよ。お邪魔するね」
昔何度も来ていただけあって、彼はうちのことは知り尽くしている。
玄関から上がって仏壇に行った紫苑君は、お姉ちゃんの遺影に手を合わせる。
本物のお姉ちゃんは仏壇ではなく私の隣にいるんだけど、姿を見ることができない紫苑君は目を閉じて、真剣に祈っていた。
「奈沙ちゃ……奈沙さんが亡くなったのが10月24日だから、もうすぐ3回忌だよね。まだ信じられない。今もまだ、どこかに隠れてる気がするよ」
「うん、私もそう思うよ」
『実際いるからねえ』
お姉ちゃんは茶化すように言ったけど、その声は紫苑君には届かない。
それに確かにいるけど、亡くなったことに変わり無いのが、やっぱり悲しいや。
「そうだ。これ、奈沙さん好きだったよね」
思い出したようにバッグの中から取り出したのは、この前お姉ちゃんがおねだりした、シュークリーム。
ちゃんと覚えて、買ってきてくれたんだ。
「わざわざありがとう、奈沙も喜ぶわ。傷むといけないから、冷蔵庫に入れておくわね」
シュークリームを手に、部屋を出るママ。
私達はどうしよう? お参りもすんだし、リビングにでも移動した方が良かな。
『芹、ボーッとしてないで、あたし達の部屋に案内しなよ』
「う、うん。紫苑君、とりあえず私の部屋に行こう」
「えっ、芹さんの部屋? いいの、行っても?」
「へ? そりゃあまあ良いけど……」
って、待って。今私、何て言った?
さっきまではリビングに行こうって思ってたけど、お姉ちゃんに急かされて言ったのは……わ、私の部屋だ!
気づいた途端、ブワッと汗が吹き出てくる。
決して嫌なわけじゃないけど、紫苑君とは言え、男子を部屋に入れるのはちょっと恥ずかしい気も……。
『往生際が悪いよ。何のために昨日掃除してたのさ。昔は当たり前に出入りさせてたんだし、今更恥ずかしがることないでしょ』
そりゃあそうだけどさあ。
ええい、分かったよ。女は度胸、招待してやろうじゃないの!
「私は構わないよ。リビングが良いって言うなら、そっちでも良いけど」
「いや、その……僕はどっちでも」
「そ、そう? じゃあ、行こうか」
私も相当テンパってたけど、紫苑君の受け答えもたどたどしく、顔も照れたように赤くなっていた。
ひょっとして紫苑君も、緊張してるのかも?