別れが訪れるその日まで
14 暑い日差しの中の山登り
一騒動あったけど、何とか私達の班に入ってくれた紫苑君。
そしてその週の金曜、ついにハイキングの日がやって来た。
クラス毎にバスに乗って、山の麓までやって来た私達。
去年登った時はきつかった思い出しかなかったけど、今年は紫苑君と一緒だもの。
楽しい1日になりそうだなあ、なんて思っていたけど。
班毎に別れて登山を開始した後、すぐに考えが甘かったと思い知らされる。
「暑い……。去年登った時は、ここまで暑くはなかったんだけどなあ」
リュックを背負い直しながら、照りつける太陽を憎む。
今日は絶好の山登り日和だったんだけど、晴れすぎていた。この時期にしてはかなり気温が高めで、熱い日差しが容赦なく体力を奪っていく。
「日差しが強いから、帽子はちゃんとかぶるように。水分補給も忘れずになー。それと、必ず班毎に動くようにー!」
先生の注意を受けながら、険しい山道を登って行く。
けど大変でも、弱音を吐くわけにはいかないよ。なぜなら。
「芹ー、大丈夫ー?」
「ちょっと休んでお水飲む?」
心配そうに声をかけてくるのは、寧々ちゃんに瑞穂ちゃん。
2人とも歩みの遅い私を、気づかってくれているの。
遅くてごめん。見れば他の班員は結構先を行ってて、紫苑君も男子と一緒に話ながら歩いている。
わ、私も急がなくっちゃ。
「休まなくて平気なの?」
「うん。ちょっときついけど、これくらいなら何とか……」
『どうかなあ。芹は小学生の頃も、山登りで足をくじいて、先生におんぶしてもらったことあるからねえ』
ちょっと、やる気を削ぐようなこと言わないでよー!
例によってついてきたお姉ちゃんの一言で、ガクンと肩を落とす。
どうせ私は体力が無い上に、足をくじいちゃうようなドジですよー。
そしてお姉ちゃんはと言うと、ケロッとした顔で山道を歩いている。
幽霊は身体が無いせいか、暑さや寒さを感じないし、動いても疲れないのだとか。
見た目は小学生なのに、私より全然ピンピンしてる。こう言う所は、ちょっと羨ましいや。
「瑞穂ちゃんも寧々ちゃんも、無理に私に合わせずに、先に行っていいからね」
「えー、別に無理なんてしてないよー」
「そうそう、あたし達はのんびり行けばいいの」
ううっ、二人ともありがとう。
だけど、頭にかぶった帽子をかぶり直そうとした時。
──ドンッ!
不意に背中に何かがぶつかって、前のめりに倒れた。
『芹!?』
お姉ちゃんが慌てたように名前を呼んだけど、なんのこれしき!
咄嗟に地面に両手をついて、何とか顔面ダイブは免れる。
だけどかぶり直そうとしていた帽子は、頭を離れて地面に落ちる。するとその直後、伸びてきた足がそれを踏みつけた。
あー、私の帽子がー!
「ちょっと鈴代さん。こんな所でボケッと立ち止まってたら、危ないじゃない」
ぶつかってきたのは、石元さんだった。
彼女はいつも通り後ろにお供を引き連れて、倒れてる私を、冷ややかな目で見る。
まさかとは思うけど、わざとぶつかってきたんじゃないよね?
この前言われた、「調子に乗らないでよ」と言う言葉を思い出して、背筋が寒くなった。
『なにさ、そっちが前見ないで歩いて来たんじゃない!』
「石元さんさあ。文句を言う前に、まずはぶつかったこと謝ったら?」
お姉ちゃんと寧々ちゃんが即座に噛みついて、すると石元さんも「はぁ?」とにらんでくる。
こ、これはマズイ雰囲気。
私は慌てて起き上がると、服についた土を払った。
「寧々ちゃん、私はいいから。石元さんもごめん。あの、それと……踏んづけてる帽子、返してもらえるとありがたいんだけど」
「ああ、気づかなかったわ。でもこれ、もう泥だらけね」
「あはは、汚ーい」
「でも、鈴代さんならお似合いなんじゃないの?」
石元さんの後ろにいた取り巻き達が意地悪に笑い出したけど、それは火に油。
案の定寧々ちゃんが、喧嘩腰になる。
「あんた達。謝らないどころかバカにするなんて、最低ね」
「何言ってるの。鈴代さんがボサッと突っ立ってたのが悪いんじゃない」
「そっちこそ、ちゃんと前見て歩きなさいよ。つーか、わざとぶつかったんじゃないの?」
「はぁ? 証拠もないのに、言いがかりつけないでよ」
寧々ちゃんと石元さんはにらみあって、今にもケンカが始まりそうな雰囲気。
慌てて瑞穂ちゃんと一緒に、止めに入る。
「寧々ちゃん、ちょっと落ち着いて」
「私は平気だから、ね」
とは言ったものの、帽子どうしよう。
足元には泥だらけになった帽子が転がっているけど、もちろんこんなの被りたくはない。
かと言ってこの日差しの中、帽子が無いのもキツイし……。
「芹さん、僕のでよかったら使って」
えっ?
声のした方を向くと、紫苑君が自分の帽子を差し出してくれていた。
あれ、先に行ってたんじゃなかったの?
「騒いでたみたいだから戻ってきたんだけど。帽子が汚れたのなら、これを使って」
『え、いいの? さすが紫苑君。芹、良かったね』
嬉しそうに声を上げるお姉ちゃん。
で、でもそれって、紫苑君の帽子だよね。
「あ、でも僕のじゃ汚いか」
「ううん、そんなことないから!」
汚いなんてとんでもない。
あ、でも借りちゃったら今度は紫苑君の帽子がなくなるよね。
すると途端に、石元さんが慌てだす。
「待ってよ。別に紫苑君がそこまですることないんじゃ」
「そう? 芹さんは同じ班なんだから、体調を気にするのは普通だと思うけど」
「でも、それじゃあ紫苑君のがなくなるんじゃ」
「心配してくれてありがとう。けど僕は平気。これでも鍛えてるから」
爽やかな笑顔で返されて。こうなると石元さんも何も言えないみたいで、悔しそうな顔で黙っちゃう。
けど、本当に良いのかなあ。帽子を汚したのは、私なのに。
『いいじゃん、貰っときなよ。ここで断ったら、かえって紫苑君に恥かかせちゃうよ』
そ、そうかな?
結局お姉ちゃんに言われるまま、ありがとうとお礼を言って帽子を受け取る。
なんだかくすぐったいなあ。けど、やっぱり嬉しいかも。
「次からは僕も一緒に歩くよ。あんまり離れるのはよくないからね」
「本当? いやー、助かるわー」
「行こう行こう。ほら、芹ちゃんも」
寧々ちゃんと瑞穂ちゃんに背中を押されながら、再び歩き出す。
一方石元さん達は、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
『良かったね、紫苑君が一緒にいてくれたら、石元さん達も意地悪してこれないでしょ』
確かに。
石元さんも紫苑君の前なら、滅多なことはできないだろう。
ひょっとして紫苑君、そこまで考えて一緒に行くって言ってくれたのかな?
隣を歩く彼の横顔をジッと見てみたけど、その真意は分からない。
「どうしたの?」
「な、何でもない。帽子、本当にありがとう」
「うん、どういたしまして」
可愛くて爽やかな笑顔に、胸の奥がギュッてなる。
心なしかさっきよりも暑い気がして、汗が出てきそう。
ううーっ、こんなことなら制汗スプレーを持ってくれば良かった。
結局それから山頂に着くまでの間、ドキドキは止まることなく続いて、何だか余計に疲れちゃった。
紫苑君と一緒に歩けたのは、嬉しかったけどね。
そしてその週の金曜、ついにハイキングの日がやって来た。
クラス毎にバスに乗って、山の麓までやって来た私達。
去年登った時はきつかった思い出しかなかったけど、今年は紫苑君と一緒だもの。
楽しい1日になりそうだなあ、なんて思っていたけど。
班毎に別れて登山を開始した後、すぐに考えが甘かったと思い知らされる。
「暑い……。去年登った時は、ここまで暑くはなかったんだけどなあ」
リュックを背負い直しながら、照りつける太陽を憎む。
今日は絶好の山登り日和だったんだけど、晴れすぎていた。この時期にしてはかなり気温が高めで、熱い日差しが容赦なく体力を奪っていく。
「日差しが強いから、帽子はちゃんとかぶるように。水分補給も忘れずになー。それと、必ず班毎に動くようにー!」
先生の注意を受けながら、険しい山道を登って行く。
けど大変でも、弱音を吐くわけにはいかないよ。なぜなら。
「芹ー、大丈夫ー?」
「ちょっと休んでお水飲む?」
心配そうに声をかけてくるのは、寧々ちゃんに瑞穂ちゃん。
2人とも歩みの遅い私を、気づかってくれているの。
遅くてごめん。見れば他の班員は結構先を行ってて、紫苑君も男子と一緒に話ながら歩いている。
わ、私も急がなくっちゃ。
「休まなくて平気なの?」
「うん。ちょっときついけど、これくらいなら何とか……」
『どうかなあ。芹は小学生の頃も、山登りで足をくじいて、先生におんぶしてもらったことあるからねえ』
ちょっと、やる気を削ぐようなこと言わないでよー!
例によってついてきたお姉ちゃんの一言で、ガクンと肩を落とす。
どうせ私は体力が無い上に、足をくじいちゃうようなドジですよー。
そしてお姉ちゃんはと言うと、ケロッとした顔で山道を歩いている。
幽霊は身体が無いせいか、暑さや寒さを感じないし、動いても疲れないのだとか。
見た目は小学生なのに、私より全然ピンピンしてる。こう言う所は、ちょっと羨ましいや。
「瑞穂ちゃんも寧々ちゃんも、無理に私に合わせずに、先に行っていいからね」
「えー、別に無理なんてしてないよー」
「そうそう、あたし達はのんびり行けばいいの」
ううっ、二人ともありがとう。
だけど、頭にかぶった帽子をかぶり直そうとした時。
──ドンッ!
不意に背中に何かがぶつかって、前のめりに倒れた。
『芹!?』
お姉ちゃんが慌てたように名前を呼んだけど、なんのこれしき!
咄嗟に地面に両手をついて、何とか顔面ダイブは免れる。
だけどかぶり直そうとしていた帽子は、頭を離れて地面に落ちる。するとその直後、伸びてきた足がそれを踏みつけた。
あー、私の帽子がー!
「ちょっと鈴代さん。こんな所でボケッと立ち止まってたら、危ないじゃない」
ぶつかってきたのは、石元さんだった。
彼女はいつも通り後ろにお供を引き連れて、倒れてる私を、冷ややかな目で見る。
まさかとは思うけど、わざとぶつかってきたんじゃないよね?
この前言われた、「調子に乗らないでよ」と言う言葉を思い出して、背筋が寒くなった。
『なにさ、そっちが前見ないで歩いて来たんじゃない!』
「石元さんさあ。文句を言う前に、まずはぶつかったこと謝ったら?」
お姉ちゃんと寧々ちゃんが即座に噛みついて、すると石元さんも「はぁ?」とにらんでくる。
こ、これはマズイ雰囲気。
私は慌てて起き上がると、服についた土を払った。
「寧々ちゃん、私はいいから。石元さんもごめん。あの、それと……踏んづけてる帽子、返してもらえるとありがたいんだけど」
「ああ、気づかなかったわ。でもこれ、もう泥だらけね」
「あはは、汚ーい」
「でも、鈴代さんならお似合いなんじゃないの?」
石元さんの後ろにいた取り巻き達が意地悪に笑い出したけど、それは火に油。
案の定寧々ちゃんが、喧嘩腰になる。
「あんた達。謝らないどころかバカにするなんて、最低ね」
「何言ってるの。鈴代さんがボサッと突っ立ってたのが悪いんじゃない」
「そっちこそ、ちゃんと前見て歩きなさいよ。つーか、わざとぶつかったんじゃないの?」
「はぁ? 証拠もないのに、言いがかりつけないでよ」
寧々ちゃんと石元さんはにらみあって、今にもケンカが始まりそうな雰囲気。
慌てて瑞穂ちゃんと一緒に、止めに入る。
「寧々ちゃん、ちょっと落ち着いて」
「私は平気だから、ね」
とは言ったものの、帽子どうしよう。
足元には泥だらけになった帽子が転がっているけど、もちろんこんなの被りたくはない。
かと言ってこの日差しの中、帽子が無いのもキツイし……。
「芹さん、僕のでよかったら使って」
えっ?
声のした方を向くと、紫苑君が自分の帽子を差し出してくれていた。
あれ、先に行ってたんじゃなかったの?
「騒いでたみたいだから戻ってきたんだけど。帽子が汚れたのなら、これを使って」
『え、いいの? さすが紫苑君。芹、良かったね』
嬉しそうに声を上げるお姉ちゃん。
で、でもそれって、紫苑君の帽子だよね。
「あ、でも僕のじゃ汚いか」
「ううん、そんなことないから!」
汚いなんてとんでもない。
あ、でも借りちゃったら今度は紫苑君の帽子がなくなるよね。
すると途端に、石元さんが慌てだす。
「待ってよ。別に紫苑君がそこまですることないんじゃ」
「そう? 芹さんは同じ班なんだから、体調を気にするのは普通だと思うけど」
「でも、それじゃあ紫苑君のがなくなるんじゃ」
「心配してくれてありがとう。けど僕は平気。これでも鍛えてるから」
爽やかな笑顔で返されて。こうなると石元さんも何も言えないみたいで、悔しそうな顔で黙っちゃう。
けど、本当に良いのかなあ。帽子を汚したのは、私なのに。
『いいじゃん、貰っときなよ。ここで断ったら、かえって紫苑君に恥かかせちゃうよ』
そ、そうかな?
結局お姉ちゃんに言われるまま、ありがとうとお礼を言って帽子を受け取る。
なんだかくすぐったいなあ。けど、やっぱり嬉しいかも。
「次からは僕も一緒に歩くよ。あんまり離れるのはよくないからね」
「本当? いやー、助かるわー」
「行こう行こう。ほら、芹ちゃんも」
寧々ちゃんと瑞穂ちゃんに背中を押されながら、再び歩き出す。
一方石元さん達は、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
『良かったね、紫苑君が一緒にいてくれたら、石元さん達も意地悪してこれないでしょ』
確かに。
石元さんも紫苑君の前なら、滅多なことはできないだろう。
ひょっとして紫苑君、そこまで考えて一緒に行くって言ってくれたのかな?
隣を歩く彼の横顔をジッと見てみたけど、その真意は分からない。
「どうしたの?」
「な、何でもない。帽子、本当にありがとう」
「うん、どういたしまして」
可愛くて爽やかな笑顔に、胸の奥がギュッてなる。
心なしかさっきよりも暑い気がして、汗が出てきそう。
ううーっ、こんなことなら制汗スプレーを持ってくれば良かった。
結局それから山頂に着くまでの間、ドキドキは止まることなく続いて、何だか余計に疲れちゃった。
紫苑君と一緒に歩けたのは、嬉しかったけどね。