別れが訪れるその日まで
15 仕組まれた罠
お昼過ぎに到着した山頂は広場のようになっていて、開けていて見晴らしがいい。
点呼を取った後は、仲の良い友達同士で集まってお弁当タイム。
私も寧々ちゃん瑞穂ちゃんと一緒に集まった。
「あー疲れたー。お腹ペコペコだよ」
「帰りも歩かなきゃいけないから、しっかり食べておかないとね」
レジャーシートを広げて、お弁当の用意をする。
ちなみに紫苑君は、別の場所でクラスの男子と一緒にいる。
お昼まで女子の中にまざるのは恥ずかしかったみたい。私だって男子の中に放り込まれるのは、無理だしね。
そんなことを考えながら顔の汗をタオルで拭うと、かぶっていた帽子に触れる。
紫苑君が貸してくれた、あの帽子だ。
「それにしても、石元さんが芹の帽子を踏んづけた時はイラッとしたけど、おかげで春田君と良い雰囲気になれたのは良かったね」
「まさに怪我の功名。帽子貸してくれるなんて、優しいよね。ひょっとしてこれって、かなり脈ありなんじゃないの」
瑞穂ちゃんの言葉に、ボッて火をつけられたみたいに、顔が熱くなる。
そ、そんなはず無いよ。
「違うって。紫苑君が優しいのは、誰にでもだから」
「そうかなあ。普通は何とも思ってない子に、帽子なんて貸さないと思うけど」
「芹はどうしてそう、自信持てないかなあ。もっと積極的にいかないと」
「そんなこと言われても。別に私、付き合いたいって思ってるわけじゃないし」
『もう、まだそんなこと言ってるの? 前はそうじゃなかったじゃん』
便乗してお姉ちゃんまであおってくるけど、小学生の頃と今とでは事情が違う。
分不相応な夢を見るほど、もう子供じゃないんだから。
何より紫苑君が、私を選んでくれるとは思えない。そう確信があるもの……。
「まあ芹ちゃんがそう言うなら、無理強いはできないけど。でも石元さんには、気をつけておいた方がいいよ」
「そうそう。さっきぶつかってきたのだって、わざとぽかったし。嫌な感じだよね」
うん、あれはちょっと怖かった。。
さすがにそう何度も嫌がらせはしないと思いたいけど、ちょっと怖い。
用心しておいた方がいいのかな。
「わかった、気をつけておくよ。私、手洗ってくるね」
返事をしてから席を立つと、お姉ちゃんも後をついてくる。
「お姉ちゃんは待ってても良かったのに」
『念のためね。さっき瑞穂ちゃんが言ってたでしょ、石元さんには気を付けた方がいいって。ボディーガードだよ』
ボディーガードって、お姉ちゃんじゃ触れられないし、認識もされないじゃない。
でもまあ、心配してもらえるのは嬉しい。
なんて思っていたけど。この直後、事件は起きた。
広場の端にある水道で、手を洗っていると。
「帽子もーらい」
後ろから声がしたかと思うと、頭にあった帽子の感触が、ふっとなくなる。
慌てて振り向くと……げ、石元さん達だ。
石元さんは3人の取り巻きを連れて、取り上げた帽子を指でくるくるさせている。
「ちょっと、返して!」
「返してなんて図々しい。これはアンタのじゃないでしょ」
「そうそう。春田君から無理矢理取ったんじゃない」
石元さんは帽子を隣の子にパスして、取り返そうと伸ばした私の手は空を切る。
『無理矢理って、紫苑君の方から貸してくれたんでしょうが』
お姉ちゃんも呆れ顔。決して無理に頼んだわけじゃないのに。
いや、この際石元さん達がどう思おうと勝手だけど、帽子だけは返してもらわないと。
「止めてよ。後で返さなきゃいけないんだから」
「そんなこと言って、一人占めする気でしょ。これはあたしが貰っておくから」
「春田君には、失くしたって言えば良いじゃない」
「幼馴染みなんでしょ。謝って許してもらったら」
そんな無茶苦茶な!
あまりに勝手な言い分に。確かに紫苑君なら許してくれるかもしれないけど、もちろんそんなことしたくない。
けど取り戻そうと手を伸ばしても、石元さん達はボールをパスするみたいに、次々と帽子を回していく。
「返してよ!」
「だったら取ってみたら。ほらほら、こっちこっちー」
パスを回しながら、私を意地悪に笑う。けど、何としても取り返さないと。
帽子は次々と回され、石元さんが受け取る。……今だ!
地面を蹴って、帽子を抱える石元さんに、手をつきだした。
けどその時──
「きゃっあ!」
「えっ?」
手が触れる前に、石元さんの体は後ろに大きくのけ反って、そのまま地面に尻餅をつく。
すると申し合わせたように、仲間の子達が、石元さんに駆け寄る。
「円、大丈夫?」
「ちょっと、いきなり突き飛ばすなんて酷いじゃない!」
みんな一斉に責め立ててきたけど、触れていなかったよね。
「ま、待って。突き飛ばしてなんかいないよ」
「嘘ばっかり。ちゃんと証拠だってあるんだから。ほら」
一人がそう言って付き出してきたのは、スマホ。
そしてその画面にはなんと、「きゃあ」と言って倒れる石元さんの動画が流れていた。
「えっ? こ、これって?」
「どう、これでもまだシラを切る気?」
「まさか鈴代さんがこんな暴力を振るうなんて、人は見かけによらないね」
──っ! やられた!
『何これ! どうせ押されたフリして、わざと転んだんでしょう!』
たぶんお姉ちゃんの言う通り。きっと私をはめるために、最初から計画してたんだ。
けど残念なことにこの動画を見ると、私が突き飛ばしているようにしか見えない。
うかつだった。石元さんには気を付けなきゃって思ってたのに、まさかこんな手で来るだなんて。
慌てていると石元さんが立ち上がって、ついていた土をパンパンと払う。
「さあ、この動画どうしようかなー。先生に言うか、それとも、紫苑君に見せようか」
「や、やめて」
こんな動画を先生に見せて、有ること無いこと吹き込まれたらどうなるか。
紫苑君なら信じてくれるかもしれないけど、こんなことに巻き込みたくない。
「誰にも見せないで。あと、紫苑君の帽子は返して」
「はぁ? アンタが物を頼める立場?」
「まったく図々しい」
―—っ! 悔しい!
だけど動画がある以上、言い返すことができない。
「ならこうしない。お願いを聞いてくれたら、さっきの件は黙っておいてあげる」
「お願い?」
「そう。さっき先輩が話してるのを聞いたんだけど、あの奥にこの時期にしか咲かない、青い花があるみたいなの。それを取って来てほしいのよ」
石元さんが指差したのは、木々が多い繁っている茂み。けど、あっちって確か。
『芹、やめときなよ。あそこには入っちゃダメだって、先生言ってたじゃん』
お姉ちゃんの言う通り。あそこは舗装されてないし迷いやすくて危ないから、近づかないよう注意をされたのだ。
だけど。
「……分かった。青い花を取ってくれば良いんだね」
『芹!』
うん、分かってる。
行くのは危ないし、もしも花を見つけたところで、石元さんが約束を守ってくれるとは限らないもの。
だけど、先生に怒られるならまだいい。
最悪なのは、紫苑君を巻き込んでしまうかもしれないってこと。
このハイキングは紫苑君が転校してきてから、初めてのイベントなのに。こんなことで、台無しにはさせたくない。
「へー、本当に行ってくれるんだ。そうそう。この事は、誰にも言っちゃダメだからね」
「分かった。そっちも、約束はちゃんと守ってね」
「分かってるって。早く行った行った」
歩き出すと後ろから、「頑張ってねー」なんて心のこもってない声が飛んでくるけど、無視して進む。
するとお姉ちゃんも、慌てて追いかけてきた。
『ちょっと本気なの? だいたい、本当に花なんてあるのかなあ。嫌がらせのために、デタラメ言ってるような気がするんだけど』
それは私も思う。石元さんが花なんて欲しがるとは思えないし、私をおちょくって遊んでいるだけかも。
けど、それじゃあどうすれば良いの?
「やっぱり行くしかないよ。向こうには動画があるし、下手したらこっちが悪者にされちゃう」
『それはそうだけど。あー、もう! あたしが生きてたら、スマホをぶっ壊してやったのに!』
それは余計に問題にならない?
とにかく今は、石元さんが言っていた花を探さないと。
どうかすぐに見つかりますように。
点呼を取った後は、仲の良い友達同士で集まってお弁当タイム。
私も寧々ちゃん瑞穂ちゃんと一緒に集まった。
「あー疲れたー。お腹ペコペコだよ」
「帰りも歩かなきゃいけないから、しっかり食べておかないとね」
レジャーシートを広げて、お弁当の用意をする。
ちなみに紫苑君は、別の場所でクラスの男子と一緒にいる。
お昼まで女子の中にまざるのは恥ずかしかったみたい。私だって男子の中に放り込まれるのは、無理だしね。
そんなことを考えながら顔の汗をタオルで拭うと、かぶっていた帽子に触れる。
紫苑君が貸してくれた、あの帽子だ。
「それにしても、石元さんが芹の帽子を踏んづけた時はイラッとしたけど、おかげで春田君と良い雰囲気になれたのは良かったね」
「まさに怪我の功名。帽子貸してくれるなんて、優しいよね。ひょっとしてこれって、かなり脈ありなんじゃないの」
瑞穂ちゃんの言葉に、ボッて火をつけられたみたいに、顔が熱くなる。
そ、そんなはず無いよ。
「違うって。紫苑君が優しいのは、誰にでもだから」
「そうかなあ。普通は何とも思ってない子に、帽子なんて貸さないと思うけど」
「芹はどうしてそう、自信持てないかなあ。もっと積極的にいかないと」
「そんなこと言われても。別に私、付き合いたいって思ってるわけじゃないし」
『もう、まだそんなこと言ってるの? 前はそうじゃなかったじゃん』
便乗してお姉ちゃんまであおってくるけど、小学生の頃と今とでは事情が違う。
分不相応な夢を見るほど、もう子供じゃないんだから。
何より紫苑君が、私を選んでくれるとは思えない。そう確信があるもの……。
「まあ芹ちゃんがそう言うなら、無理強いはできないけど。でも石元さんには、気をつけておいた方がいいよ」
「そうそう。さっきぶつかってきたのだって、わざとぽかったし。嫌な感じだよね」
うん、あれはちょっと怖かった。。
さすがにそう何度も嫌がらせはしないと思いたいけど、ちょっと怖い。
用心しておいた方がいいのかな。
「わかった、気をつけておくよ。私、手洗ってくるね」
返事をしてから席を立つと、お姉ちゃんも後をついてくる。
「お姉ちゃんは待ってても良かったのに」
『念のためね。さっき瑞穂ちゃんが言ってたでしょ、石元さんには気を付けた方がいいって。ボディーガードだよ』
ボディーガードって、お姉ちゃんじゃ触れられないし、認識もされないじゃない。
でもまあ、心配してもらえるのは嬉しい。
なんて思っていたけど。この直後、事件は起きた。
広場の端にある水道で、手を洗っていると。
「帽子もーらい」
後ろから声がしたかと思うと、頭にあった帽子の感触が、ふっとなくなる。
慌てて振り向くと……げ、石元さん達だ。
石元さんは3人の取り巻きを連れて、取り上げた帽子を指でくるくるさせている。
「ちょっと、返して!」
「返してなんて図々しい。これはアンタのじゃないでしょ」
「そうそう。春田君から無理矢理取ったんじゃない」
石元さんは帽子を隣の子にパスして、取り返そうと伸ばした私の手は空を切る。
『無理矢理って、紫苑君の方から貸してくれたんでしょうが』
お姉ちゃんも呆れ顔。決して無理に頼んだわけじゃないのに。
いや、この際石元さん達がどう思おうと勝手だけど、帽子だけは返してもらわないと。
「止めてよ。後で返さなきゃいけないんだから」
「そんなこと言って、一人占めする気でしょ。これはあたしが貰っておくから」
「春田君には、失くしたって言えば良いじゃない」
「幼馴染みなんでしょ。謝って許してもらったら」
そんな無茶苦茶な!
あまりに勝手な言い分に。確かに紫苑君なら許してくれるかもしれないけど、もちろんそんなことしたくない。
けど取り戻そうと手を伸ばしても、石元さん達はボールをパスするみたいに、次々と帽子を回していく。
「返してよ!」
「だったら取ってみたら。ほらほら、こっちこっちー」
パスを回しながら、私を意地悪に笑う。けど、何としても取り返さないと。
帽子は次々と回され、石元さんが受け取る。……今だ!
地面を蹴って、帽子を抱える石元さんに、手をつきだした。
けどその時──
「きゃっあ!」
「えっ?」
手が触れる前に、石元さんの体は後ろに大きくのけ反って、そのまま地面に尻餅をつく。
すると申し合わせたように、仲間の子達が、石元さんに駆け寄る。
「円、大丈夫?」
「ちょっと、いきなり突き飛ばすなんて酷いじゃない!」
みんな一斉に責め立ててきたけど、触れていなかったよね。
「ま、待って。突き飛ばしてなんかいないよ」
「嘘ばっかり。ちゃんと証拠だってあるんだから。ほら」
一人がそう言って付き出してきたのは、スマホ。
そしてその画面にはなんと、「きゃあ」と言って倒れる石元さんの動画が流れていた。
「えっ? こ、これって?」
「どう、これでもまだシラを切る気?」
「まさか鈴代さんがこんな暴力を振るうなんて、人は見かけによらないね」
──っ! やられた!
『何これ! どうせ押されたフリして、わざと転んだんでしょう!』
たぶんお姉ちゃんの言う通り。きっと私をはめるために、最初から計画してたんだ。
けど残念なことにこの動画を見ると、私が突き飛ばしているようにしか見えない。
うかつだった。石元さんには気を付けなきゃって思ってたのに、まさかこんな手で来るだなんて。
慌てていると石元さんが立ち上がって、ついていた土をパンパンと払う。
「さあ、この動画どうしようかなー。先生に言うか、それとも、紫苑君に見せようか」
「や、やめて」
こんな動画を先生に見せて、有ること無いこと吹き込まれたらどうなるか。
紫苑君なら信じてくれるかもしれないけど、こんなことに巻き込みたくない。
「誰にも見せないで。あと、紫苑君の帽子は返して」
「はぁ? アンタが物を頼める立場?」
「まったく図々しい」
―—っ! 悔しい!
だけど動画がある以上、言い返すことができない。
「ならこうしない。お願いを聞いてくれたら、さっきの件は黙っておいてあげる」
「お願い?」
「そう。さっき先輩が話してるのを聞いたんだけど、あの奥にこの時期にしか咲かない、青い花があるみたいなの。それを取って来てほしいのよ」
石元さんが指差したのは、木々が多い繁っている茂み。けど、あっちって確か。
『芹、やめときなよ。あそこには入っちゃダメだって、先生言ってたじゃん』
お姉ちゃんの言う通り。あそこは舗装されてないし迷いやすくて危ないから、近づかないよう注意をされたのだ。
だけど。
「……分かった。青い花を取ってくれば良いんだね」
『芹!』
うん、分かってる。
行くのは危ないし、もしも花を見つけたところで、石元さんが約束を守ってくれるとは限らないもの。
だけど、先生に怒られるならまだいい。
最悪なのは、紫苑君を巻き込んでしまうかもしれないってこと。
このハイキングは紫苑君が転校してきてから、初めてのイベントなのに。こんなことで、台無しにはさせたくない。
「へー、本当に行ってくれるんだ。そうそう。この事は、誰にも言っちゃダメだからね」
「分かった。そっちも、約束はちゃんと守ってね」
「分かってるって。早く行った行った」
歩き出すと後ろから、「頑張ってねー」なんて心のこもってない声が飛んでくるけど、無視して進む。
するとお姉ちゃんも、慌てて追いかけてきた。
『ちょっと本気なの? だいたい、本当に花なんてあるのかなあ。嫌がらせのために、デタラメ言ってるような気がするんだけど』
それは私も思う。石元さんが花なんて欲しがるとは思えないし、私をおちょくって遊んでいるだけかも。
けど、それじゃあどうすれば良いの?
「やっぱり行くしかないよ。向こうには動画があるし、下手したらこっちが悪者にされちゃう」
『それはそうだけど。あー、もう! あたしが生きてたら、スマホをぶっ壊してやったのに!』
それは余計に問題にならない?
とにかく今は、石元さんが言っていた花を探さないと。
どうかすぐに見つかりますように。