別れが訪れるその日まで
16 思いがけない事故
覆い繁る草をかき分けながら、私は木々の間を抜けて歩いて行く。
登ってきた山道と違って、ここは整備されていない森の中。歩きにくい上に虫も多くて、既に腕や足を何ヵ所か刺されている。
こんなことなら、虫除けスプレーを掛けてくるんだったなあ。
『ねえ、芹ってば。青い花なんてどこにもないよ。そもそもそんな物、本当にあるの?』
「分からない。けどこのまま戻っても、帽子は返してもらえないよ。もうちょっとだけ、探してみよう」
『でも、迷ったりしない?』
「平気。木に記を付けてきてるから」
拾った石で木の幹に傷をつけて、目印にしているもの。 これをたどって行けば、迷わず広場に帰ることができる。
けど、身ひとつで探しに来たのは、やっぱり失敗だったかも。
まだ探し始めてからそんなに時間は経っていないけど、お昼は食べ損ねてるし、喉もカラカラ。早くも疲れが出てる。
「せめて水筒くらい、持ってくればよかった」
『考え無しに行くからだよ。ちゃんと準備しておかないと』
「はーい。って、お姉ちゃんには言われたくないよ」
いつもならお姉ちゃんの方が、考えなしに動くくせに。
でも今回は私が森に入って行って、お姉ちゃんは帰ろうって言う。いつもと反対だ。
そういえば、寧々ちゃんと瑞穂ちゃんにも何も言わずに来ちゃったなあ。
2人とも、気にせずお弁当食べてくれてたら良いけど。
そんなことを考えながら、青い花はないかと目を凝らしながら進んで行く。
だけど見つからない。お姉ちゃんも探すのを手伝ってくれたけど、全然見つからないよ。
『やっぱりどこにもないよ。どうする、まだ探す?』
うーん、どうしよう。
花がないと石元さんは許してはくれないだろうけど、無いものは仕方がないし。
なんて思っていながら歩いていると、不意に明るい光がおそってきた。
「うっ!」
目をつむって立ち止まる。
どうやら話しているうちに、森を抜けたみたい。太陽を遮っていた木々がなくなって、開けた場所に出たのだ。
だけどこれ以上先には、もう行けない。
だって少し行った先は、崖になっていたんだもの。
『どうやらここまでみたいだね』
「うん、これ以上はさすがに……あっ!」
それを見つけた瞬間、思わず声を上げた。
あ、あったー!
目を向けた先。崖のすぐそばに、青い花が一輪、咲いているじゃない。
あれが、石元さんがいっていた花なのかな? 分からないけど、せっかく見つけたんだもの。持って帰らなきゃ。
「あったよお姉ちゃん」
『だね。でも崖の近くだけど、取れる?』
「平気。あれくらい大丈夫だよ」
せっかく見つけたんだもの。取らずに引き返すなんてできない。
私は慎重に、花へと近づいて行く。
近づいてみて分かったけど、その崖は斜めになっていて、高さは建物の2階くらい。そこまで高いわけじゃないけど、慎重に行かないと。
忍び足で一歩一歩歩み寄って、そっと花に手を伸ばす……やった、取れた。
『芹ー、大丈夫ー?』
「うん、この通りバッチリ──」
積んだ花を、お姉ちゃんに見せようと掲げる。だけどその瞬間、突然足元が崩れた。
「きゃっ!?」
『芹!?』
一瞬、ふわりと宙に浮いたような感覚があって、次に足や背中に痛みが走った。
足元の地面が崩れて滑り落ちたんだと気づいたのは、下に落ちた後だった。
「痛たた」
『大丈夫!? 生きてる!?』
仰向けになった私の目に、 崖の上から心配そうにこっちを覗き込むお姉ちゃんが映った。
幸い、崖が斜めになっていたおかげで地面に叩きつけられることは無かったけど、それでも被害は少なくない。
急な斜面を滑り落ちたせいで、全身土まみれだ。
それに落ちた拍子に、せっかく摘んだ花も放り投げちゃってる。早く拾わないと……。
「───痛っ!?」
立ち上がろうとした瞬間、右足に激痛が走った。
何これ、すごく痛い。
落ちた時にひねったのかな。ジンジンした痛みが込み上げてきて、再びペタンと地面に座り込んだ。
『どうしたの? まさか、ケガしたんじゃ?』
「大したことないよ。これくらいへっちゃら……」
だけど再び足に力を入れたけど、立ち上がる途中でよろけて、またも地面に転がる。
ど、どうしよう。これ、本当にマズイかも。
頑張れば立てないことはないと思うけど、この足で森を抜けられる?
それにこの崖。こんな状態で登るなんて、とても無理!
『大丈夫? 骨は折れてないよね?』
「たぶん、ひねっただけだと思う。けどこの崖を登るのは難しいかも」
『じゃあどうするのさ!?』
そんなこと言われても。
まともに動けない以上、助けが来るのを待つしかないのかなあ?
時間が経てば寧々ちゃんや瑞穂ちゃんが、私がいないことを先生に言ってくれるだろう。
けど、2人は私がここに行ったことを知らない。どこを探せば良いか分からないのに、助けに来れるかなあ?
なら石元さん達は?
彼女達は、私がどこに行ったか知ってるはずだけど。
「ねえお姉ちゃん。私がこのまま戻らなかったら、石元さん達先生に言うと思う?」
『えっ? うーん、さすがにマズイと思って言う……いや、どうだろう?』
正直、あんまり期待できるとは思えない。
それじゃあひょっとして、助けは来ない? ずっとこのままなの?
もちろん集合時間になっても帰らなかったら、先生達も放ってはおかないだろうけど、場所が分からないんじゃ助けがいつになるか分からない。
最悪の事態が頭をよぎって、ゾッする。
どうしよう、どうしよう。
こんなことならお姉ちゃんの言った通り、最初に先生に相談しておけば良かった。
だけど焦っていると、崖の上から力強い声がする。
『芹、ちょっとそこで待っててて。あたしがひとっ走り行ってきて、助けを呼んでくるから』
不安を払うように、ニカッと笑顔で私を覗き込むお姉ちゃん。
だけど。
「呼んでくるって。お姉ちゃんひとり戻ったって、どうやって説明するの? 皆はお姉ちゃんのこと見えないし、声も聞こえないんだよ」
『平気、考えがあるの。とにかくここはあたしに任せて、芹は待ってて。絶対に動いちゃダメだからね』
言われなくたって、この足じゃろくに動けそうにない。
けど、本当に任せて大丈夫?
いや、それよりもこんな誰もいない山の中で、一人置いていかれるかと思うと、とたんに怖くなってくる。
「お姉ちゃん……すぐに戻って来るよね」
『芹……当たり前じゃない。必ず、助けを連れて戻るからね』
私を元気付けるようにそう言うと、付きだしていた頭を引っ込める。すると急に、辺りが静かになった。
ここからじゃ崖の上の様子はわからないけど、きっともう行っちゃったんだろう。
けど一人になると、とたんに不安が襲ってくる。
……寂しいなあ。
山の中ということもあり、辺りは驚くほど静か。
時おり聞こえる鳥の鳴き声が、やけに大きく感じる。
喉、乾いたなあ。
お腹空いたなあ。
今ごろ皆、どうしているだろう?
寧々ちゃんと瑞穂ちゃんは、ちゃんとお昼食べたかなあ?
紫苑君は、男子と一緒に遊んでるかな?
石元さん達は……戻ってこない私のことを、バカにして笑っているかも。
そんなことを考えている間にも、時間は過ぎていく。
…………お姉ちゃん、まだかなあ。
なんだか、眠くなってきた。
山の中を歩いた疲れが、一気に来たみたい。のんきに寝ている場合じゃないって分かっていても、睡魔には勝てない。
少しくらいな、眠ってもいいよね。
私はそっと目を閉じて、眠りに落ちていった。
登ってきた山道と違って、ここは整備されていない森の中。歩きにくい上に虫も多くて、既に腕や足を何ヵ所か刺されている。
こんなことなら、虫除けスプレーを掛けてくるんだったなあ。
『ねえ、芹ってば。青い花なんてどこにもないよ。そもそもそんな物、本当にあるの?』
「分からない。けどこのまま戻っても、帽子は返してもらえないよ。もうちょっとだけ、探してみよう」
『でも、迷ったりしない?』
「平気。木に記を付けてきてるから」
拾った石で木の幹に傷をつけて、目印にしているもの。 これをたどって行けば、迷わず広場に帰ることができる。
けど、身ひとつで探しに来たのは、やっぱり失敗だったかも。
まだ探し始めてからそんなに時間は経っていないけど、お昼は食べ損ねてるし、喉もカラカラ。早くも疲れが出てる。
「せめて水筒くらい、持ってくればよかった」
『考え無しに行くからだよ。ちゃんと準備しておかないと』
「はーい。って、お姉ちゃんには言われたくないよ」
いつもならお姉ちゃんの方が、考えなしに動くくせに。
でも今回は私が森に入って行って、お姉ちゃんは帰ろうって言う。いつもと反対だ。
そういえば、寧々ちゃんと瑞穂ちゃんにも何も言わずに来ちゃったなあ。
2人とも、気にせずお弁当食べてくれてたら良いけど。
そんなことを考えながら、青い花はないかと目を凝らしながら進んで行く。
だけど見つからない。お姉ちゃんも探すのを手伝ってくれたけど、全然見つからないよ。
『やっぱりどこにもないよ。どうする、まだ探す?』
うーん、どうしよう。
花がないと石元さんは許してはくれないだろうけど、無いものは仕方がないし。
なんて思っていながら歩いていると、不意に明るい光がおそってきた。
「うっ!」
目をつむって立ち止まる。
どうやら話しているうちに、森を抜けたみたい。太陽を遮っていた木々がなくなって、開けた場所に出たのだ。
だけどこれ以上先には、もう行けない。
だって少し行った先は、崖になっていたんだもの。
『どうやらここまでみたいだね』
「うん、これ以上はさすがに……あっ!」
それを見つけた瞬間、思わず声を上げた。
あ、あったー!
目を向けた先。崖のすぐそばに、青い花が一輪、咲いているじゃない。
あれが、石元さんがいっていた花なのかな? 分からないけど、せっかく見つけたんだもの。持って帰らなきゃ。
「あったよお姉ちゃん」
『だね。でも崖の近くだけど、取れる?』
「平気。あれくらい大丈夫だよ」
せっかく見つけたんだもの。取らずに引き返すなんてできない。
私は慎重に、花へと近づいて行く。
近づいてみて分かったけど、その崖は斜めになっていて、高さは建物の2階くらい。そこまで高いわけじゃないけど、慎重に行かないと。
忍び足で一歩一歩歩み寄って、そっと花に手を伸ばす……やった、取れた。
『芹ー、大丈夫ー?』
「うん、この通りバッチリ──」
積んだ花を、お姉ちゃんに見せようと掲げる。だけどその瞬間、突然足元が崩れた。
「きゃっ!?」
『芹!?』
一瞬、ふわりと宙に浮いたような感覚があって、次に足や背中に痛みが走った。
足元の地面が崩れて滑り落ちたんだと気づいたのは、下に落ちた後だった。
「痛たた」
『大丈夫!? 生きてる!?』
仰向けになった私の目に、 崖の上から心配そうにこっちを覗き込むお姉ちゃんが映った。
幸い、崖が斜めになっていたおかげで地面に叩きつけられることは無かったけど、それでも被害は少なくない。
急な斜面を滑り落ちたせいで、全身土まみれだ。
それに落ちた拍子に、せっかく摘んだ花も放り投げちゃってる。早く拾わないと……。
「───痛っ!?」
立ち上がろうとした瞬間、右足に激痛が走った。
何これ、すごく痛い。
落ちた時にひねったのかな。ジンジンした痛みが込み上げてきて、再びペタンと地面に座り込んだ。
『どうしたの? まさか、ケガしたんじゃ?』
「大したことないよ。これくらいへっちゃら……」
だけど再び足に力を入れたけど、立ち上がる途中でよろけて、またも地面に転がる。
ど、どうしよう。これ、本当にマズイかも。
頑張れば立てないことはないと思うけど、この足で森を抜けられる?
それにこの崖。こんな状態で登るなんて、とても無理!
『大丈夫? 骨は折れてないよね?』
「たぶん、ひねっただけだと思う。けどこの崖を登るのは難しいかも」
『じゃあどうするのさ!?』
そんなこと言われても。
まともに動けない以上、助けが来るのを待つしかないのかなあ?
時間が経てば寧々ちゃんや瑞穂ちゃんが、私がいないことを先生に言ってくれるだろう。
けど、2人は私がここに行ったことを知らない。どこを探せば良いか分からないのに、助けに来れるかなあ?
なら石元さん達は?
彼女達は、私がどこに行ったか知ってるはずだけど。
「ねえお姉ちゃん。私がこのまま戻らなかったら、石元さん達先生に言うと思う?」
『えっ? うーん、さすがにマズイと思って言う……いや、どうだろう?』
正直、あんまり期待できるとは思えない。
それじゃあひょっとして、助けは来ない? ずっとこのままなの?
もちろん集合時間になっても帰らなかったら、先生達も放ってはおかないだろうけど、場所が分からないんじゃ助けがいつになるか分からない。
最悪の事態が頭をよぎって、ゾッする。
どうしよう、どうしよう。
こんなことならお姉ちゃんの言った通り、最初に先生に相談しておけば良かった。
だけど焦っていると、崖の上から力強い声がする。
『芹、ちょっとそこで待っててて。あたしがひとっ走り行ってきて、助けを呼んでくるから』
不安を払うように、ニカッと笑顔で私を覗き込むお姉ちゃん。
だけど。
「呼んでくるって。お姉ちゃんひとり戻ったって、どうやって説明するの? 皆はお姉ちゃんのこと見えないし、声も聞こえないんだよ」
『平気、考えがあるの。とにかくここはあたしに任せて、芹は待ってて。絶対に動いちゃダメだからね』
言われなくたって、この足じゃろくに動けそうにない。
けど、本当に任せて大丈夫?
いや、それよりもこんな誰もいない山の中で、一人置いていかれるかと思うと、とたんに怖くなってくる。
「お姉ちゃん……すぐに戻って来るよね」
『芹……当たり前じゃない。必ず、助けを連れて戻るからね』
私を元気付けるようにそう言うと、付きだしていた頭を引っ込める。すると急に、辺りが静かになった。
ここからじゃ崖の上の様子はわからないけど、きっともう行っちゃったんだろう。
けど一人になると、とたんに不安が襲ってくる。
……寂しいなあ。
山の中ということもあり、辺りは驚くほど静か。
時おり聞こえる鳥の鳴き声が、やけに大きく感じる。
喉、乾いたなあ。
お腹空いたなあ。
今ごろ皆、どうしているだろう?
寧々ちゃんと瑞穂ちゃんは、ちゃんとお昼食べたかなあ?
紫苑君は、男子と一緒に遊んでるかな?
石元さん達は……戻ってこない私のことを、バカにして笑っているかも。
そんなことを考えている間にも、時間は過ぎていく。
…………お姉ちゃん、まだかなあ。
なんだか、眠くなってきた。
山の中を歩いた疲れが、一気に来たみたい。のんきに寝ている場合じゃないって分かっていても、睡魔には勝てない。
少しくらいな、眠ってもいいよね。
私はそっと目を閉じて、眠りに落ちていった。