別れが訪れるその日まで

17 いつかの記憶

 夢を見た時、ああ、これは夢なんだって思う事ってあるよね。
 今の私がまさにそれ。夢の中の私は小学校低学年くらいになっていて、同じく小学生の姿をした紫苑君やお姉ちゃんと一緒に、家で本を読んでいた。

「夢の中で、これは夢だって気づく夢のことを、明晰夢(めいせきむ)って言うんだって」
「へー、そうなんだ」
「紫苑君、よくそんな難しい本読めるね」

 夢も中の私もお姉ちゃんも、紫苑君が語る本の内容を、ワクワクしながら聞いている。

 そうだ。これって実際に、私が昔経験した記憶だ。
 この頃の紫苑君は、本を読むのが好きで、物知りだったっけ。

 私も本は好きだから、彼とは読書仲間。よく一緒に図書室に本を探しに行って、どの本が面白い、この本がお勧めだなんて、言い合ってたっけ。

 するとまるで映画でシーンが変わるように夢の内容が切り替わる。

 新しく映し出されたのは、私とお姉ちゃんの二人。私達は自分達の部屋で机につきながら、何かを話し合っている。

 ああ、これはアレだ。
 確か小学5年生の秋、もうすぐ訪れる紫苑君の誕生日プレゼントについて、話していたんだっけ。

「ねえ芹、もうすぐ紫苑君の誕生日だけど、プレゼントは何が良いかな?」

 お姉ちゃんが尋ねると、夢の中の私は「う~ん」と考える。

「うーん、やっぱり本とか? 紫苑君、本読むの好きだし。あと、ブックカバーや栞もいいかも」
「本ねえ。あたしはバスケ関係の物の方が、良いと思うけどなあ。ボールとか、汗拭き用のタオルとか」
「えー、絶対本の方が良いよー」

 確かに紫苑君、最近はバスケに夢中になってるけど、やっぱり本読むのも好きなんだから。

 ああでもないこうでもないと言い合う夢の中の私達を、中学生の私が遠くから見ている。
 こうして昔の記憶を夢で見るなんて、不思議な気分。

 夢の中の二人はお互いに自分の方が良いって言って聞かなくて、両者一歩も譲らない。

「もうー、芹ももっと、ちゃんと考えてよー」
「お姉ちゃんこそ。……もうすぐ、紫苑君行っちゃうんだから」

 夢の中の私が、悲しそうに顔を伏せる。
 そうだ。たしかこの時は、もうすぐ紫苑君が転校することが決まっていたんだっけ。
 だから最後に、記念に残るプレゼントを渡そうって、二人で考えていたんだけど。
 結局、そのプレゼントを渡すことは叶わなかった。

 次に映ったのは、白と黒の鯨幕に覆われた部屋と、黒淵の額に入った、お姉ちゃんの写真。

 これは、お姉ちゃんのお葬式の日。
 しんみりした空気のなか、部屋の隅でワンワン泣く私を、紫苑君が抱き締めてくれていた。

「私のせいだ。私のせいで、お姉ちゃんが……」
「違う、芹ちゃんは悪くない。芹ちゃんのせいじゃないから」
 
 いつもは一緒に帰るのに、その日は一人で家に帰っていたお姉ちゃん。もしも私も一緒に帰っていたら、もしかしたら事故から守れたかもしれない。
 だからわたしは自分を何度も責めて、そして紫苑君はそんな私をぎゅっと抱きしめている。

 芹ちゃんは悪くない。芹ちゃんのせいじゃない。そう何度も繰り返しているけど。
 本当は彼に、言っていない事があった。

 だけどそれを口にするのは怖くて。私は黙ったまま、なくことしかできなかった。

 ……どうして今さら、こんな夢を見せられるんだろう。
 まるで過去の罪を突きつけられているような気がして、胸の奥がギュッと苦しくなる。

 私はまだ、あの日の罪から逃れられないの……かな……。

 ◇◆◇◆

 どれくらい眠っていただろう。
 ゴロンと寝返りを打った拍子に目を覚ますと、足に激痛が走った。

「痛っ!」

 やっぱり、痛みが酷い。
 完全に目が覚めた私は辺りをキョロキョロ見回したけど、誰もいない。
 どうやらお姉ちゃんは、まだ戻ってきてないみたい。

 けど、考えてみたら当然かも。だってお姉ちゃんは幽霊だもの。その声は、皆に届かないんだから。
 だけど……だけどそれならせめて。

「戻ってきてよ、お姉ちゃん……」

 零れた涙が、ぽたぽたと膝に落ちる。

 悲しい気持ちになったのは、さっき見た夢のせい? 

 もしも、もしもこのまま、お姉ちゃんが戻ってこなかったらどうしよう。
 嫌だ。戻ってきてよ、お姉ちゃん──

『芹ー!』

 えっ? この声……。

 声がしたのは、崖の上。慌てて下を向いていた頭を上げると。

『芹ー! 大丈夫ー!?』
「お姉ちゃん!?」

 そこには、嬉しそうに手を振るお姉ちゃんの姿があった。

 ああ、お姉ちゃんだ。
 たぶん何時間もは経っていないはずなのに、長い間会っていなかったような気がして、涙が込み上げてくる。

 良かった。戻ってきてくれたんだ──

「芹さん!」

 ふえっ?

 聞こえてきた新たな声。そしてお姉ちゃんの横から出てきたもう一つの頭に、目を丸くする。

 現れたのは、焦りと不安が混ざったような顔で、私を見下ろす男の子。
 彼は……。

「し、紫苑君!?」
「芹さん平気? 怪我してない!?」

 心配そうに名前を呼んでるけど、私はろくに返事もできずに混乱している。
 お姉ちゃんが、紫苑君を呼んできてくれたの? でも、どうやって?

 私は混乱しながら、崖の上から私を覗き込むお姉ちゃんと紫苑君を、交互に見た。
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