別れが訪れるその日まで
18 憑依とポルターガイスト【奈沙side】
怪我をして動けなくなった芹と別れた後、あたし、奈沙は助けを呼ぶべく、山の中を走っていた。
こういう時、幽霊って便利だよ。だっていくら走っても息切れしないし、木の枝で手足を引っかくこともないから、山の中でも全力で走ることができるんだもの。
幸い、芹が木に残してきた目印があったから、山頂の広場までは迷わず帰ることができた。
広場には虫を取って遊ぶ男子や、お喋りをしている女子がいて、あたしはそんな皆に向かって、大声で叫んだ。
『誰かー！ 芹が足を怪我して動けないのーっ！ 行ってあげてー！』
だけど、返事は返ってこない。
くぅー、ダメかー。誰か霊感のある人がいれば声が届くかもって思ったけど、やっぱそう上手くはいかないみたい。
やっぱり、当初の作戦通りいくか……ん、あれは？
「紫苑君、今度はあたしとバトミントンやろー！」
「石元さん……うん、分かった」
何と石元さんが猫なで声をだしながら、紫苑君と遊んでるじゃない。
あの後何があったかは分からないけど、どうやら紫苑君達男子のグループと石元さん達女子のグループで、バトミントンをして遊んでるみたい。
なーにがバトミントンだ！
あんたのせいで、芹が大変なことになってるっての！
紫苑君も付き合ってはいるけど、心なしかあまり楽しくなさそう。
その都度謝ってごまかしているとは言え、石元さんが芹をいじめる姿を度々見ているんだもの。良い印象は、抱いていないのかも？
石元さんさあ、紫苑君を狙って色々やってるけど、何から何まで逆効果だから！
なんて思っていると、さらに紫苑君に近づく女子生徒が二人。寧々ちゃんと瑞穂ちゃんだった。
「ねえ春田君、芹見なかった？」
「芹さん？ 見てないけど、一緒じゃないの？」
「それが、お弁当を食べようとして、手を洗ってくるって言ったまま帰ってこなくて」
「それって、いつ頃？」
さすが紫苑君。バトミントンなんてそっちのけで、心配そうに二人の話に耳を傾ける。
だけどそんな彼の腕を、石元さんが掴んだ。
「紫苑君、そんなの放っておこうよ」
「いや、でも」
「どうでも良いじゃない。きっとその辺で遊んでるだけだって」
はぁっ!? アンタが森に行かせたくせに、いけしゃあしゃあと！
すると、寧々ちゃんもカチンときたみたい。
「ちょっと、どうでも良いって何よ？」
「どうせその辺にいるでしょ。心配なら、あんた達だけで探せばいいじゃない。邪魔されちゃ迷惑よ」
「ぬぐぐ……」
言い返せないけど内心怒っているのか、寧々ちゃんはプルプルと拳を震わせている。
分かる、分かるよ。あたしだって、ハラワタが煮えくり返っているんだから。
更に少し離れた所で、石元さんの仲間の女子達が、こそこそ話すのが耳に入ってきた。
「鈴代さんもバカよね。本当は花なんて無いのに、探しに行くんだもの」
「あんなの冗談だって、気づかなかったのかな。いつまで探しているんだか」
あ、あんたらー！ やっぱり花はデマカセかー！
クスクスとおかしそうに笑うのを見て、頭の中で何かが弾けた。
よーし、そっちがその気なら、もう遠慮はしない。
あたしは駆け出して、石元さんに向かってダイブした。
もしもあたしが生きた人間なら、頭をゴツンコして、二人とも悶え苦しむだろう。
けど幽霊だから、そうはならない。このまま彼女の体の中に入って、憑依するんだ。
これがあたしの、取っておきの作戦。前に芹やボタの体に入って操った、アレをやるんだ。
芹からはやっちゃダメって言われてたけど、今は緊急事態。アンタの体、使わせてもらうよ！
「もう良いでしょ、そんなことより……あうっ!?」
「石元さん？」
力が抜けたみたいに、石元さんがガクンと崩れる。
だけどすぐに、体を乗っ取ったあたしが体勢を立て直した。
上手くいったかな？
試しに手でグーパーを作ってみたけど、問題なく動かせる。
よし、憑依成功。
幽霊の時とは違う、肉体のある感覚。生きてる時はこれが普通だったのに、幽霊の時間が長いと、変な感じがする。
そしてクルリと周りに目をやると、急に変な動きをしたあたし……と言うか石元さんを、みんなが不思議そうに見ていた。
「円、どうしたの？ 熱中症？」
「先生に言って、薬もらってこようか？」
石元さんの取り巻き達がそう言ったけど、今助けが必要なのは石元さんじゃない。
あたしは紫苑君の肩を、ガシッとつかんだ。
「紫苑君、芹を助けに行ってあげて！」
「えっ？」
何を言っているのか分からないといった様子で、目を丸くする紫苑君。けど、あたしは止まらない。
「芹がいるのは、向こうにある森の先。石元さん達に命令されて行ったんだけど、途中で崖から落ちちゃったの」
「は？ ま、待って。いったいどういうこと？ 状況が掴めないんだけど」
「だーかーら！ 芹が崖から落ちて怪我して、動けないんだってば！」
うー、分からないかー。でも信じて！
いきなりこんなことを言い出した石元さんに、その場にいた全員が困惑している。
石元さんの仲間達も、「ちょっと円!?」と大慌て。だけど、一番動揺しているのは紫苑君だ。
青ざめた顔で、肩に置かれたあたしの……石元さんの手を退かして、逆に尋ねてくる。
「それ、本当なの？ 怪我をしたって、冗談でも怒るよ！」
彼にしては珍しい、強く慌てた口調に、皆驚いている。
あたしだって、こんな慌てた紫苑君を見るのは初めてかもしれない。それほど心配してるってことだ。
「本当だよ。芹、今も１人で苦しんでる。だから、早く助けに行かないと」
「──っ！ 芹さん！」
青ざめた顔をしながら、紫苑君は森に向かって駆けだした。
さすが紫苑くん。芹がピンチって聞いたら、絶対に助けに行ってくれるってしんじてたよ。
よーし、あたしもこうしちゃいられない。行って案内を……。
「待って石元さん！ 今の説明じゃまだよく分からないんだけど！」
「円、何話してるのよ！」
「芹が怪我してるってマジ？」
後を追おうとした矢先、みんなに捕まっちゃった。
うおー、放せー！
こうしてる間にも、紫苑君は一人で先に行っちゃう。
どうしよう。このまま紫苑君を活かせても、ちゃんとたどり着けるかわからない。
けど皆はあたしを放してくれそうにないし、こうなったら……。
「あうっ……」
「石元さん？」
さっきと同じく、力が抜けたみたいに崩れ落ちる石元さん。
あたしが体から抜け出したのだ。
「う、うーん……はっ!? あ、あたし、何であんなこと言ったの？」
訳が分からないといった様子で、口をパクパク動かす石元さん。
どうやら取り憑かれている間のことは、覚えているみたい。けど、今は構ってる場合じゃないから。そっちの相手はよろしくねー！
『待ってよ紫苑君ー！』
困惑している石元さんを放り出して、急いで紫苑君の後を追いかけて森へ入って行く。
「芹さん、聞こえるー!?」
芹の名前を呼びながら、草を掻き分けて歩く紫苑君。けど、そっちじゃなーい！
芹がいるのとは逆方向に進もうとしているじゃない。
どうしよう、どうしよう……そうだ！
ある考えが、頭に浮かんだ。
これも芹にやるなって言われてた事だけど、今回だけは許してね。
あたしは芹のいる方角にある、木の枝に手を伸ばす。……お願い、動いて！
ザワザワザワッ！
「芹さん!?」
明後日の方向に行きかけてた紫苑君が、慌てて振り返った。
これぞ必殺技、ポルターガイスト。
あたしは普段は物に触ることができないけど、過去に一度だけ。芹をいじめっ子から助けようとした時、落ちていた石を拾って投げたことがあった。
たぶんだけど、感情が高ぶった時だけ物に触れられるんだと思う。
普段は封印している奥の手だけど、上手くいって良かった。
狙い通り紫苑君は方向を変えて、芹のいる方へ歩いて行く。
『はぁっ、はぁっ……そのっ、調子……ん、あれ？』
あれ、おかしいな。
順調に進んで行く紫苑君とは裏腹に、あたしは息があがっていた。
何で？ 幽霊になってから、疲れたことなんてなかったのに。
ああ、でも今はそんなこと考えてる場合じゃない。紫苑君、そこを右だからー！
またもポルターガイストで物音を立てて、紫苑くんを誘導する。
だけどその度に、どういうわけかドッと疲れがたまっていってた。
いったいどうなっちゃってるの？ 幽霊でも、間張りすぎると疲れちゃうのかなあ？
けど、ここで頑張らなくてどうする。こうしている間にも、芹は一人で待っているんだから！
そうして紫苑くん誘導していって、ついに森を抜けてあの崖の所までやってきた。
よし、ここまで来れば。
『芹ー！ 大丈夫ー!?』
「お、お姉ちゃん!?」
崖を覗き込むと、芹はさっき別れた時と同じ姿勢で、崖に背中を預けてもたれ掛かっている。
良かった、どうやら無事みたい。
すると、芹の声を聞いた紫苑君もやってきて、崖を覗き込む。
「芹さん！」
「し、紫苑君!?」
こういう時、幽霊って便利だよ。だっていくら走っても息切れしないし、木の枝で手足を引っかくこともないから、山の中でも全力で走ることができるんだもの。
幸い、芹が木に残してきた目印があったから、山頂の広場までは迷わず帰ることができた。
広場には虫を取って遊ぶ男子や、お喋りをしている女子がいて、あたしはそんな皆に向かって、大声で叫んだ。
『誰かー！ 芹が足を怪我して動けないのーっ！ 行ってあげてー！』
だけど、返事は返ってこない。
くぅー、ダメかー。誰か霊感のある人がいれば声が届くかもって思ったけど、やっぱそう上手くはいかないみたい。
やっぱり、当初の作戦通りいくか……ん、あれは？
「紫苑君、今度はあたしとバトミントンやろー！」
「石元さん……うん、分かった」
何と石元さんが猫なで声をだしながら、紫苑君と遊んでるじゃない。
あの後何があったかは分からないけど、どうやら紫苑君達男子のグループと石元さん達女子のグループで、バトミントンをして遊んでるみたい。
なーにがバトミントンだ！
あんたのせいで、芹が大変なことになってるっての！
紫苑君も付き合ってはいるけど、心なしかあまり楽しくなさそう。
その都度謝ってごまかしているとは言え、石元さんが芹をいじめる姿を度々見ているんだもの。良い印象は、抱いていないのかも？
石元さんさあ、紫苑君を狙って色々やってるけど、何から何まで逆効果だから！
なんて思っていると、さらに紫苑君に近づく女子生徒が二人。寧々ちゃんと瑞穂ちゃんだった。
「ねえ春田君、芹見なかった？」
「芹さん？ 見てないけど、一緒じゃないの？」
「それが、お弁当を食べようとして、手を洗ってくるって言ったまま帰ってこなくて」
「それって、いつ頃？」
さすが紫苑君。バトミントンなんてそっちのけで、心配そうに二人の話に耳を傾ける。
だけどそんな彼の腕を、石元さんが掴んだ。
「紫苑君、そんなの放っておこうよ」
「いや、でも」
「どうでも良いじゃない。きっとその辺で遊んでるだけだって」
はぁっ!? アンタが森に行かせたくせに、いけしゃあしゃあと！
すると、寧々ちゃんもカチンときたみたい。
「ちょっと、どうでも良いって何よ？」
「どうせその辺にいるでしょ。心配なら、あんた達だけで探せばいいじゃない。邪魔されちゃ迷惑よ」
「ぬぐぐ……」
言い返せないけど内心怒っているのか、寧々ちゃんはプルプルと拳を震わせている。
分かる、分かるよ。あたしだって、ハラワタが煮えくり返っているんだから。
更に少し離れた所で、石元さんの仲間の女子達が、こそこそ話すのが耳に入ってきた。
「鈴代さんもバカよね。本当は花なんて無いのに、探しに行くんだもの」
「あんなの冗談だって、気づかなかったのかな。いつまで探しているんだか」
あ、あんたらー！ やっぱり花はデマカセかー！
クスクスとおかしそうに笑うのを見て、頭の中で何かが弾けた。
よーし、そっちがその気なら、もう遠慮はしない。
あたしは駆け出して、石元さんに向かってダイブした。
もしもあたしが生きた人間なら、頭をゴツンコして、二人とも悶え苦しむだろう。
けど幽霊だから、そうはならない。このまま彼女の体の中に入って、憑依するんだ。
これがあたしの、取っておきの作戦。前に芹やボタの体に入って操った、アレをやるんだ。
芹からはやっちゃダメって言われてたけど、今は緊急事態。アンタの体、使わせてもらうよ！
「もう良いでしょ、そんなことより……あうっ!?」
「石元さん？」
力が抜けたみたいに、石元さんがガクンと崩れる。
だけどすぐに、体を乗っ取ったあたしが体勢を立て直した。
上手くいったかな？
試しに手でグーパーを作ってみたけど、問題なく動かせる。
よし、憑依成功。
幽霊の時とは違う、肉体のある感覚。生きてる時はこれが普通だったのに、幽霊の時間が長いと、変な感じがする。
そしてクルリと周りに目をやると、急に変な動きをしたあたし……と言うか石元さんを、みんなが不思議そうに見ていた。
「円、どうしたの？ 熱中症？」
「先生に言って、薬もらってこようか？」
石元さんの取り巻き達がそう言ったけど、今助けが必要なのは石元さんじゃない。
あたしは紫苑君の肩を、ガシッとつかんだ。
「紫苑君、芹を助けに行ってあげて！」
「えっ？」
何を言っているのか分からないといった様子で、目を丸くする紫苑君。けど、あたしは止まらない。
「芹がいるのは、向こうにある森の先。石元さん達に命令されて行ったんだけど、途中で崖から落ちちゃったの」
「は？ ま、待って。いったいどういうこと？ 状況が掴めないんだけど」
「だーかーら！ 芹が崖から落ちて怪我して、動けないんだってば！」
うー、分からないかー。でも信じて！
いきなりこんなことを言い出した石元さんに、その場にいた全員が困惑している。
石元さんの仲間達も、「ちょっと円!?」と大慌て。だけど、一番動揺しているのは紫苑君だ。
青ざめた顔で、肩に置かれたあたしの……石元さんの手を退かして、逆に尋ねてくる。
「それ、本当なの？ 怪我をしたって、冗談でも怒るよ！」
彼にしては珍しい、強く慌てた口調に、皆驚いている。
あたしだって、こんな慌てた紫苑君を見るのは初めてかもしれない。それほど心配してるってことだ。
「本当だよ。芹、今も１人で苦しんでる。だから、早く助けに行かないと」
「──っ！ 芹さん！」
青ざめた顔をしながら、紫苑君は森に向かって駆けだした。
さすが紫苑くん。芹がピンチって聞いたら、絶対に助けに行ってくれるってしんじてたよ。
よーし、あたしもこうしちゃいられない。行って案内を……。
「待って石元さん！ 今の説明じゃまだよく分からないんだけど！」
「円、何話してるのよ！」
「芹が怪我してるってマジ？」
後を追おうとした矢先、みんなに捕まっちゃった。
うおー、放せー！
こうしてる間にも、紫苑君は一人で先に行っちゃう。
どうしよう。このまま紫苑君を活かせても、ちゃんとたどり着けるかわからない。
けど皆はあたしを放してくれそうにないし、こうなったら……。
「あうっ……」
「石元さん？」
さっきと同じく、力が抜けたみたいに崩れ落ちる石元さん。
あたしが体から抜け出したのだ。
「う、うーん……はっ!? あ、あたし、何であんなこと言ったの？」
訳が分からないといった様子で、口をパクパク動かす石元さん。
どうやら取り憑かれている間のことは、覚えているみたい。けど、今は構ってる場合じゃないから。そっちの相手はよろしくねー！
『待ってよ紫苑君ー！』
困惑している石元さんを放り出して、急いで紫苑君の後を追いかけて森へ入って行く。
「芹さん、聞こえるー!?」
芹の名前を呼びながら、草を掻き分けて歩く紫苑君。けど、そっちじゃなーい！
芹がいるのとは逆方向に進もうとしているじゃない。
どうしよう、どうしよう……そうだ！
ある考えが、頭に浮かんだ。
これも芹にやるなって言われてた事だけど、今回だけは許してね。
あたしは芹のいる方角にある、木の枝に手を伸ばす。……お願い、動いて！
ザワザワザワッ！
「芹さん!?」
明後日の方向に行きかけてた紫苑君が、慌てて振り返った。
これぞ必殺技、ポルターガイスト。
あたしは普段は物に触ることができないけど、過去に一度だけ。芹をいじめっ子から助けようとした時、落ちていた石を拾って投げたことがあった。
たぶんだけど、感情が高ぶった時だけ物に触れられるんだと思う。
普段は封印している奥の手だけど、上手くいって良かった。
狙い通り紫苑君は方向を変えて、芹のいる方へ歩いて行く。
『はぁっ、はぁっ……そのっ、調子……ん、あれ？』
あれ、おかしいな。
順調に進んで行く紫苑君とは裏腹に、あたしは息があがっていた。
何で？ 幽霊になってから、疲れたことなんてなかったのに。
ああ、でも今はそんなこと考えてる場合じゃない。紫苑君、そこを右だからー！
またもポルターガイストで物音を立てて、紫苑くんを誘導する。
だけどその度に、どういうわけかドッと疲れがたまっていってた。
いったいどうなっちゃってるの？ 幽霊でも、間張りすぎると疲れちゃうのかなあ？
けど、ここで頑張らなくてどうする。こうしている間にも、芹は一人で待っているんだから！
そうして紫苑くん誘導していって、ついに森を抜けてあの崖の所までやってきた。
よし、ここまで来れば。
『芹ー！ 大丈夫ー!?』
「お、お姉ちゃん!?」
崖を覗き込むと、芹はさっき別れた時と同じ姿勢で、崖に背中を預けてもたれ掛かっている。
良かった、どうやら無事みたい。
すると、芹の声を聞いた紫苑君もやってきて、崖を覗き込む。
「芹さん！」
「し、紫苑君!?」
