別れが訪れるその日まで
21 回想・私の罪
これは誰にも言えずにいる、私の罪の記憶。
お姉ちゃんにも話したことがないけど、私は一度、失恋しているの。
あれは小学5年生の秋。その日は、紫苑君の誕生日だった。
お家の都合で、もうすぐ引っ越すことが決まっていた紫苑君。だからこれが私達が一緒に過ごせる、最後の誕生日。
そして私とお姉ちゃんは最後に何か贈り物をしようと、何日も前からプレゼントを考えてた。
「やっぱり、タオルがいいんじゃない? バスケの時使えるし。調べてみたけどプレゼントにできそうなタオル、いくつかあったよ」
「タオルなんて、どれも同じじゃないの? それよりも、ブックカバーは? 猫の絵がデザインされた、可愛いやつがあるよ」
「むむ、確かに紫苑君なら、そういうのも喜びそう」
あーでもないこーでもないと話し合ったけど、結局タオルとブックカバーの両方をプレゼントすることにした。
お小遣いを出しあって買って、きれいにラッピングしてもらったプレゼント。
そして誕生日当日、紫苑君に渡そうと学校に持って行ったんだけど。突然お姉ちゃんが、こんなことを言ってきたの。
「芹、これはあんたが渡しなさい」
「え、でもお姉ちゃんは?」
「あたしは良いから。それで、渡す時に、ずっと前から好きでしたって告白するんだよ」
「ええーっ!?」
こ、告白ってそんな。無理だよー!
「いい芹。紫苑君はもうすぐ、転校しちゃうんだよ。好きだって言えないまま、サヨナラしていいの?」
「そ、それは……よくないけど」
「だったらちゃんと、気持ちを伝えなきゃ。芹ならきっと、上手くいくから」
本当に?
自信はない。だけどお姉ちゃんの言う通り、何も言えないままサヨナラするのは嫌。
だったら。
「わ、わかった。やってみる」
「よーし、よく言った。頑張れ芹!」
それは私の、一世一代の大決心。
当時紫苑君とはクラスが違ったけど、お昼休みになるとプレゼントの入った包みを持って、紫苑君のクラスに行った。
だけど、生憎の留守。
聞けば体育館でバスケをしてるそうで、私も向かおうとしたんだけど。
「芹ちゃん、ちょっといいかな?」
教室を出たところでこえをかけてきたのは、紫苑君と同じクラスの、遠藤さんと言う女の子。
遠藤さんは二人の女子と一緒に、私の前に立ち塞がった。
「それってもしかして、春田君へのプレゼント?」
「そ、そうだけど」
なんとなく不穏な空気を感じて、手にしていた包みをぎゅっと抱き締める。
すると遠藤さん達はまるで哀れむような目で、私を見た。
「あのね、こう言っちゃなんだけど。もしも春田君のことが好きなら、止めておいた方がいいよ」
「ど、どうして?」
「だって春田君が好きなのは芹ちゃんじゃなくて、奈沙ちゃんなんだよ」
「えっ……」
ガツンと殴られたような衝撃を受ける。
紫苑君が、お姉ちゃんのことが好き?
「春田君が言ってたの。僕が好きなのは奈沙ちゃんで、芹ちゃんじゃないって」
「まあ芹ちゃんには悪いけど、奈沙ちゃんなら仕方ないか」
「奈沙ちゃんの方が明るくて可愛いし、何でもできるしね」
遠藤さん達の言葉の一つ一つが、まるで針のようにグサグサと心に刺さる。
お姉ちゃんの方が可愛い? 何でもできる?
そんなのわかってる。
勉強も運動も、何だって先にお姉ちゃんの方ができた。そのせいで私はずっと、お姉ちゃんのオマケだの出来損ないだの言われてきたんだもの。
比べたら誰だって、お姉ちゃんを選ぶに決まってる。
それでも紫苑君だけは、私を選んでほしい。そう思っていたのに。
「芹ちゃん。私達は芹ちゃんのために言ってるの。好きになるのなんて止めときなよ。辛いだけだもの」
言われなくても、もう心はポッキリと折れていた。
だって相手は、お姉ちゃんなんだもの。ずっと比べられてきた相手だからこそ、勝ち目がないって分かるもの。
私は遠藤さん達に哀れまれながら、紫苑君の元に行くことなく、すごすごと自分の教室へと戻って行く。
初めから、上手くいく可能性なんてなかったんだ。なのに告白なんて無謀なことを考えていた自分が恥ずかしい。
けど放課後になって、まだプレゼントを渡せず、告白もしていない私を、お姉ちゃんが怒った。
「ええー、まだプレゼント渡せてないの? 何やってるのさ!?」
その物言いに、無性にイラッとした。
何も知らないくせに。どうしてそんな無神経なことを言うの。
「紫苑君は、今は部活だよね。だったら終わるのを待って、それからプレゼントを渡して……」
「もういいよ! プレゼントは、お姉ちゃんがあげてよ!」
プレゼントの入った包みを、グイッと押し付ける。
お姉ちゃんから貰った方が、紫苑君だって喜ぶもの。私はただの、おじゃま虫なんだから。
「何言ってるの。告白はどうするのさ!?」
「もういいって言ってるじゃない。告白なんてヤダよ。どうせフラれるだけなんだもの!」
「急にどうしたの? 心配しなくても、芹ならきっと上手くいくって」
やめて、もう何も喋らないで!
お姉ちゃんが口を開く度に、真っ黒な気持ちがお腹の中にたまっていく。
お姉ちゃんはいつもそう。私の気持ちなんて知らないで、好き勝手言って。
だけど今日もまた、私のイライラなんてお構いなしに、神経を逆撫でしていく。
「大丈夫だって、芹は可愛いもの」
お姉ちゃんの方が可愛いって、みんな言ってるのに。
「この前芹のこと、がんばり屋で偉いって言ってたよ」
がんばらなくても何でもできるお姉ちゃんが、それを言う?
「芹の良い所、いっぱいあるよ。裁縫ができたり、絵が上手かったり、お菓子作ったり……」
それって全部、お姉ちゃんだってできることじゃん! しかも私より上手に!
お姉ちゃんはいつだって私より優秀で、一歩先を進んでいる。
私の欲しい物を、先に手に入れている。
それが仕方がない事だって言うのはわかってるけど、紫苑君まで盗られると思うと、お姉ちゃんの事が嫌いになりそう。
そしていつまで経っても首を縦に振らない私に、お姉ちゃんもイラついたみたい。
「とにかく、プレゼントを渡して告白してくること! 絶対だからね! あたしは先に帰っておくけど、プレゼントを渡すまで、家に入れてあげないんだから!」
「ちょっと、お姉ちゃん!?」
話しも聞かずにプレゼントを押し付けて、お姉ちゃんは行ちゃった。
告白して、フラれて帰ってこいって言うの?
酷い、酷いよ。
結局私は紫苑君にプレゼントを渡すことなく、教室のゴミ箱に捨てた。
だけど捨てた瞬間、目から涙が零れてきた。
自分の意思で捨てたのに、どうして?
これも全部、お姉ちゃんのせいだ。
お姉ちゃんはいつも、私が欲しい物を奪っていく。
もう知らない! お姉ちゃんなんて──
イ ナ ク ナ ッ チャ エ バ イ イ ン ダ
私は涙を拭いながら、教室を出る。
お姉ちゃんがトラックに跳ねられて亡くなったのは、ちょうどその頃だった。
お姉ちゃんにも話したことがないけど、私は一度、失恋しているの。
あれは小学5年生の秋。その日は、紫苑君の誕生日だった。
お家の都合で、もうすぐ引っ越すことが決まっていた紫苑君。だからこれが私達が一緒に過ごせる、最後の誕生日。
そして私とお姉ちゃんは最後に何か贈り物をしようと、何日も前からプレゼントを考えてた。
「やっぱり、タオルがいいんじゃない? バスケの時使えるし。調べてみたけどプレゼントにできそうなタオル、いくつかあったよ」
「タオルなんて、どれも同じじゃないの? それよりも、ブックカバーは? 猫の絵がデザインされた、可愛いやつがあるよ」
「むむ、確かに紫苑君なら、そういうのも喜びそう」
あーでもないこーでもないと話し合ったけど、結局タオルとブックカバーの両方をプレゼントすることにした。
お小遣いを出しあって買って、きれいにラッピングしてもらったプレゼント。
そして誕生日当日、紫苑君に渡そうと学校に持って行ったんだけど。突然お姉ちゃんが、こんなことを言ってきたの。
「芹、これはあんたが渡しなさい」
「え、でもお姉ちゃんは?」
「あたしは良いから。それで、渡す時に、ずっと前から好きでしたって告白するんだよ」
「ええーっ!?」
こ、告白ってそんな。無理だよー!
「いい芹。紫苑君はもうすぐ、転校しちゃうんだよ。好きだって言えないまま、サヨナラしていいの?」
「そ、それは……よくないけど」
「だったらちゃんと、気持ちを伝えなきゃ。芹ならきっと、上手くいくから」
本当に?
自信はない。だけどお姉ちゃんの言う通り、何も言えないままサヨナラするのは嫌。
だったら。
「わ、わかった。やってみる」
「よーし、よく言った。頑張れ芹!」
それは私の、一世一代の大決心。
当時紫苑君とはクラスが違ったけど、お昼休みになるとプレゼントの入った包みを持って、紫苑君のクラスに行った。
だけど、生憎の留守。
聞けば体育館でバスケをしてるそうで、私も向かおうとしたんだけど。
「芹ちゃん、ちょっといいかな?」
教室を出たところでこえをかけてきたのは、紫苑君と同じクラスの、遠藤さんと言う女の子。
遠藤さんは二人の女子と一緒に、私の前に立ち塞がった。
「それってもしかして、春田君へのプレゼント?」
「そ、そうだけど」
なんとなく不穏な空気を感じて、手にしていた包みをぎゅっと抱き締める。
すると遠藤さん達はまるで哀れむような目で、私を見た。
「あのね、こう言っちゃなんだけど。もしも春田君のことが好きなら、止めておいた方がいいよ」
「ど、どうして?」
「だって春田君が好きなのは芹ちゃんじゃなくて、奈沙ちゃんなんだよ」
「えっ……」
ガツンと殴られたような衝撃を受ける。
紫苑君が、お姉ちゃんのことが好き?
「春田君が言ってたの。僕が好きなのは奈沙ちゃんで、芹ちゃんじゃないって」
「まあ芹ちゃんには悪いけど、奈沙ちゃんなら仕方ないか」
「奈沙ちゃんの方が明るくて可愛いし、何でもできるしね」
遠藤さん達の言葉の一つ一つが、まるで針のようにグサグサと心に刺さる。
お姉ちゃんの方が可愛い? 何でもできる?
そんなのわかってる。
勉強も運動も、何だって先にお姉ちゃんの方ができた。そのせいで私はずっと、お姉ちゃんのオマケだの出来損ないだの言われてきたんだもの。
比べたら誰だって、お姉ちゃんを選ぶに決まってる。
それでも紫苑君だけは、私を選んでほしい。そう思っていたのに。
「芹ちゃん。私達は芹ちゃんのために言ってるの。好きになるのなんて止めときなよ。辛いだけだもの」
言われなくても、もう心はポッキリと折れていた。
だって相手は、お姉ちゃんなんだもの。ずっと比べられてきた相手だからこそ、勝ち目がないって分かるもの。
私は遠藤さん達に哀れまれながら、紫苑君の元に行くことなく、すごすごと自分の教室へと戻って行く。
初めから、上手くいく可能性なんてなかったんだ。なのに告白なんて無謀なことを考えていた自分が恥ずかしい。
けど放課後になって、まだプレゼントを渡せず、告白もしていない私を、お姉ちゃんが怒った。
「ええー、まだプレゼント渡せてないの? 何やってるのさ!?」
その物言いに、無性にイラッとした。
何も知らないくせに。どうしてそんな無神経なことを言うの。
「紫苑君は、今は部活だよね。だったら終わるのを待って、それからプレゼントを渡して……」
「もういいよ! プレゼントは、お姉ちゃんがあげてよ!」
プレゼントの入った包みを、グイッと押し付ける。
お姉ちゃんから貰った方が、紫苑君だって喜ぶもの。私はただの、おじゃま虫なんだから。
「何言ってるの。告白はどうするのさ!?」
「もういいって言ってるじゃない。告白なんてヤダよ。どうせフラれるだけなんだもの!」
「急にどうしたの? 心配しなくても、芹ならきっと上手くいくって」
やめて、もう何も喋らないで!
お姉ちゃんが口を開く度に、真っ黒な気持ちがお腹の中にたまっていく。
お姉ちゃんはいつもそう。私の気持ちなんて知らないで、好き勝手言って。
だけど今日もまた、私のイライラなんてお構いなしに、神経を逆撫でしていく。
「大丈夫だって、芹は可愛いもの」
お姉ちゃんの方が可愛いって、みんな言ってるのに。
「この前芹のこと、がんばり屋で偉いって言ってたよ」
がんばらなくても何でもできるお姉ちゃんが、それを言う?
「芹の良い所、いっぱいあるよ。裁縫ができたり、絵が上手かったり、お菓子作ったり……」
それって全部、お姉ちゃんだってできることじゃん! しかも私より上手に!
お姉ちゃんはいつだって私より優秀で、一歩先を進んでいる。
私の欲しい物を、先に手に入れている。
それが仕方がない事だって言うのはわかってるけど、紫苑君まで盗られると思うと、お姉ちゃんの事が嫌いになりそう。
そしていつまで経っても首を縦に振らない私に、お姉ちゃんもイラついたみたい。
「とにかく、プレゼントを渡して告白してくること! 絶対だからね! あたしは先に帰っておくけど、プレゼントを渡すまで、家に入れてあげないんだから!」
「ちょっと、お姉ちゃん!?」
話しも聞かずにプレゼントを押し付けて、お姉ちゃんは行ちゃった。
告白して、フラれて帰ってこいって言うの?
酷い、酷いよ。
結局私は紫苑君にプレゼントを渡すことなく、教室のゴミ箱に捨てた。
だけど捨てた瞬間、目から涙が零れてきた。
自分の意思で捨てたのに、どうして?
これも全部、お姉ちゃんのせいだ。
お姉ちゃんはいつも、私が欲しい物を奪っていく。
もう知らない! お姉ちゃんなんて──
イ ナ ク ナ ッ チャ エ バ イ イ ン ダ
私は涙を拭いながら、教室を出る。
お姉ちゃんがトラックに跳ねられて亡くなったのは、ちょうどその頃だった。