別れが訪れるその日まで

22 罪の告白

 これが今まで誰にも言えずにいた、私の罪の記憶。
 お姉ちゃんに嫉妬して、いなくなっちゃえばいいって思って、そして本当にいなくなった。

 不思議なもので、あれだけ憎んだはずなのに、お姉ちゃんが死んだと聞かされた時、涙が溢れてきた。

 お母さんが、「どうして奈沙を一人で帰らせたの」って言ってきたけど、私は答えることができなかった。
 もしももっと早くにプレゼントを渡して一緒に帰っていたら、事故を防げていたかもしれない。

 そしてそれ以上に胸を締め付けるのが、最後にお姉ちゃんに向けて放った、黒い感情。

 お姉ちゃんなんて、いなくなっちゃえばいいんだ。
 まさかあれがお姉ちゃんに向けた、最後の気持ちになるだなんて。

 私は、罪悪感にさいなまれた。
 もしも私があんなことを願わなかったら、お姉ちゃんは死なずにすんだんじゃないか。
 バカな妄想かもしれないけど、もしかしたら意地悪な神様。ううん、悪魔が私の願いを叶えてしまったんじゃないかって、思えてならなかった。

 私のせいだ。私のせいで、お姉ちゃんは死んだんだ。

 だけどそれから葬儀が終わって、紫苑君が転校して行って
 幽霊のお姉ちゃんが隣にいるのが当たり前になるにつれて、私はあの日の罪に蓋をしてしまっていたけど、それでも心のどこかで後ろめたさを抱えていたんだと思う。

 紫苑君が帰ってきてからもそう。
 お姉ちゃんがいくら応援してくれても積極的になれなかったのは、たぶんこのせい。
 私も、石元さんのことを悪くは言えない。だって私も勝手に嫉妬して、勝手に酷いことを願っていたんだもの。

 だから紫苑君に好きだと言われた時、嬉しさよりも罪の意識が襲ってきた。

 お姉ちゃんのことを逆恨みしてたのに、それ自体が勘違い。
 なのにあの時私は確かに、お姉ちゃんがいなくなることを願ってしまっていた。

 そこまで考えて、心が折れた。それはもう、綺麗なほど真っ二つに。

 私の心は、真っ黒に汚れている。
 そんな私が、紫苑君に好かれちゃいけないし、好きになっちゃいけないんだ。

 だから「ごめんなさい」って返事をした。
 それが紫苑君を傷つけるって、分かっていても。

 これで良いとか、良くないとかじゃなくて、こうするしかなかったの。
 言わば私は漫画や小説で言うところの、ヒロインをいじめる悪役。告白を受けてハッピーエンドになるなんて、許されないんだから。

 だけど……。

『芹、昼間のあれは、いったいどう言うこと? きっちり説明してもらおうじゃない!』

 帰宅して部屋に入るなり、お姉ちゃんが叫んだ。
 うん、こうなるって、分かっていたよ。

 大きなトラブルに見舞われたハイキング。
 あの後私は先生達に支えられながら森を抜け、そのまま下山。
 学校につくと連絡を受けたママが迎えに来ていて、すぐ病院に行ったけど、幸い足の怪我は大したことなかった。

 でも足は大丈夫でも、心はそうはいかない。
 あの告白の後、紫苑君はずっと無言で、結局一言も話さずにサヨナラ。
 だけどお姉ちゃんはそれが納得いかなかったみたいで、こうして眉をつり上げていると言うわけ。

『芹! どうしてあんなことをしたのか、ちゃんと話してよ!』

 こんなに怒ったお姉ちゃんは、いつぶりだろう?
 いつもはのんきにお昼寝をしているボタも、空気を感じたのか、猫背の背中をピンと伸ばして私達を見比べている。

「あんなことって、石元さん達のこと? 変な動画を取られて脅されたんだから、仕方ないじゃない」
『ああ、うん。確かにあれは悪質だったね……って、そうじゃなくて!』

 残念、誤魔化せなかった。
 ちなみに石元さんは私に意地悪したことがバレて、先生に怒られたみたい。
 おかげで動画の件も含めて、もう心配しなくてもよさそうだけど、問題はお姉ちゃん。
 こっちは見逃してくれそうにない。

『紫苑君のことだよ! 振るだなんて、何考えてるの!?』

 お姉ちゃんは、やっぱり怒ってる。
 当たり前だよね。ずっと応援してくれてたのに、まさかのごめんなさいだもの。

 なら、もういい。隠さずに、全部話そう。
 あの事故の日、私が何を思って、今まで何を隠して生きていたかを。

「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんは3年前の紫苑君の誕生日のこと、覚えてる? お姉ちゃんが、亡くなった日のこと」
『へ?』

 予想外の質問だったのか、言葉につまってる。
 いつも笑っているお姉ちゃんだけど、さすがに自分が死んだ時のことに触れられるのは複雑みたい。

『うん……ま、まあそりゃね。あー、あの時はドジったなー。うっかり事故にあっちゃうんだものー。まさか死んじゃうなんて、思わなかったなー』
「そう……。それじゃあ死んじゃうのは、やっぱり嫌だった?」
『当たり前じゃん。誰だって死ぬより、生きてる方が良いに決まってるもん』

 そうだよね。誰だって死ぬよりも、生きてた方が良いに決まってる。
 だけど、私はあの時……。

「それじゃあ私が、お姉ちゃんがいなくなっちゃえば良いって思ってたって言ったら、どうする?」
『えっ……』

 まるで時が止まったみたいに、固まるお姉ちゃん。
 きっと何を言っているのか、理解できていないんだと思う。

 本当は私も、打ち明けたくなかった。
 誰にも言わずにずっと黙ったまま、墓場まで持っていきたかったけど、どうやら話す時が来たみたい。

「話すね。あの日私が、何を思ってたか……」
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