別れが訪れるその日まで
24 姉妹ケンカ
するとその時、突然部屋のドアがガバッと開いた。
「こらー! なにギャーギャー騒いでるの!」
「『ママ!』」
開いたドアから入ってきたのは、鬼の形相のママ。
私もボタに入ったお姉ちゃんも、慌てて姿勢を正す。
足をくじいていようと猫だろうと、ピシッと座って背筋を伸した。
「怪我したと思ったら、今度は騒いで。何やってるのよ」
「ご、ごめんなさい」
「まったく、一人で大騒ぎして。まるで奈沙と、ケンカしてる時みたいだったわ。あんた達何かあると、すぐケンカしてたもんね」
うっ、鋭い。実際今の今まで、姉妹ケンカをしていました。
「ごめん……。ね、ねえ、私とお姉ちゃんって、そんなにケンカばかりしてたっけ?」
「そりゃあもう。三日くらい口聞かなかったこと、覚えてない?」
それは、覚えてる。
「絶交だとか、家から出ていけーとか、しょっちゅう言ってたわよ」
それも、思い出した。
「はぁ、来週で奈沙が死んでからもう3年になるのに、ちっとも成長しないんだから。そんなんじゃ、奈沙に笑われるわよ」
いや、そのお姉ちゃんも、今の今まで一緒に暴れてたんだけど。
成長してないのは、お互い様だもん。
「もうすぐ夕飯なんだから、それまで大人しくしてなさい。でなきゃご飯抜きだからね」
「は、はーい」
ママが出て言って、バタンとドアが閉まる。
お姉ちゃんを見ると、いつの間にかボタから抜け出していて、ボタはボタでケンカに巻き込んだ私達をジトッとした目で見ていた。
『ボ、ボター、ごめんねー。今度芹が高い猫缶買ってあげるから、機嫌直してー』
「ニャッ!」
「ちょっと、何勝手に約束してるの!」
だいたい誰のせいで、こんなことになったと……って、あれ? そういえばどうして、ケンカになったんだっけ?
ああ、そうだ。お姉ちゃんが死んじゃった日のことを話して、いつの間にか脱線しまくってたんだっけ。
けどなんかもう、どうでもよくなってきた。
『どう、芹』
「どうって、何が?」
『さっきママも言ってたけど、あたし達今まで、絶交とか出て行けとか、酷いことなんて何十回も言ってきたんだよ。それなのにあの日に限って神様が余計な気を使って、願いを叶えたって思う?』
「……思わない」
神様だって、こんな下らない姉妹ケンカに付き合うほどヒマじゃないだろう。
『つまりはそういうこと。あの事故は芹のせいじゃなくて、ただの偶然なんだから』
結局、言いたいことはそれ? たったそれだけのために、ずいぶん大暴れしたののだ。
だけど今なら分かる。お姉ちゃんの言うことは、正しいって。
あの日私が、お姉ちゃんがいなくなればいいって思ったのは事実。それはやっぱり良くない事だと思うけど、きっと何回も繰り返してきた姉妹ケンカの一つなんだ。
お姉ちゃんが言いたいのは、きっとそう言うこと。
「お姉ちゃん、3年前はゴメンね」
『あー、そういうのもう良いから。それよりも今は、紫苑君をどうするか。芹が振っちゃったから、ややこしいことになったじゃない』
うっ、それは大いに反省してる。
どんな理由があろうと紫苑君を傷つけたことに、変わりはないんだから。
それにもうひとつ。
お姉ちゃんは許してくれたけど、嫉妬にまみれた真っ黒な私を、紫苑君も受け入れてくれるとは限らない。
ギクシャクしてるし、隠し事だってある。私はこれから、どう紫苑君と付き合っていけばいいんだろう。
『だったらさあ、全部話したら良いじゃん。さっきあたしに言ったみたいに、あの日に何があって、どうして振ったかを全部』
「あ、あれを全部言わなきゃいけないの?」
「当たり前でしょ。本当に悪かったって思ってるなら、それくらいはやらないと。まあ紫苑君なら大丈夫と思うけど、ダメでも今度は芹が振られるだけだもの』
「振られるだけって、それ十分キツイよ」
他人事だと思って、平気でとんでもない提案をしてくるんだから。
『つべこべ言わない! あんた、紫苑君のこと好きなんでしょ!』
「す、好き」
『このままで良いって、思ってる?』
「思って……ない」
『だったら全部話して、今度はこっちから告白する。OK?』
お、OK……で、いいのかなあ?
何だか強引に押しきられた気が、しないでもないけど。
「でも、いったいいつ、どうやって話せばいいか」
『そんなの簡単じゃん。丁度来週の月曜は、紫苑君の誕生日なんだから。3年前のやり直しをすればいいんだよ』
そういえば。
土日をはさんだ月曜は、紫苑君の誕生日。そしてその日は、お姉ちゃんの命日でもある。
『とにかく、それで決まり。あーあ、暴れたら何か疲れちゃった。もうヘトヘトだよ』
「疲れたって、お姉ちゃんは幽霊じゃない。疲れるわけ……」
言いかけて、ハッと気がついた。
お姉ちゃんはハアハアと肩で息をしていて、確かに疲れているみたい。
幽霊になってから、今までこんなこと一度もなかったのに。
「ひょっとして、本当に疲れてるの? でもどうして」
『あー、うん。あたしも今日気づいたんだけどさ。どうも誰かに憑依したり、ポルターガイストを起こしたりすると、疲れるみたいなんだよね。幽霊パワーを、使うからかな?』
「それって、大丈夫なの?」
『うーん……たぶん』
たぶんって。
何だか嫌な予感がする。もしもこのまま幽霊パワーってやつを使い続けたら、お姉ちゃんは消えちゃうんじゃないか。
私の第六感が、そう告げている。
そして、どうやらお姉ちゃんも同じことを思ったのか、珍しく深刻な顔になってたけど、すぐに明るい声で言ってくる。
『平気平気。力を使わなければいいんだし、そう簡単に消えたりしないよ』
「本当に?」
『本当だって。少なくとも、芹が紫苑君に告白するまではね』
お姉ちゃんはベッドにゴロンと寝っ転がって、もう一度仰向けになる。
『もしかしたらあたしは、芹と紫苑君をくっつけるために、化けて出たのかもね』
冗談か本気か分からない事を言ってから、スヤスヤと寝息を立てるお姉ちゃん。
きっとよっぽど疲れているんだろう。山登りやプチ遭難をした、私よりもずっと。
「分かったよ。今度こそ必ず、紫苑君に気持ちを伝えるから」
お姉ちゃんの寝顔を見ながら、私は心に誓った。
「こらー! なにギャーギャー騒いでるの!」
「『ママ!』」
開いたドアから入ってきたのは、鬼の形相のママ。
私もボタに入ったお姉ちゃんも、慌てて姿勢を正す。
足をくじいていようと猫だろうと、ピシッと座って背筋を伸した。
「怪我したと思ったら、今度は騒いで。何やってるのよ」
「ご、ごめんなさい」
「まったく、一人で大騒ぎして。まるで奈沙と、ケンカしてる時みたいだったわ。あんた達何かあると、すぐケンカしてたもんね」
うっ、鋭い。実際今の今まで、姉妹ケンカをしていました。
「ごめん……。ね、ねえ、私とお姉ちゃんって、そんなにケンカばかりしてたっけ?」
「そりゃあもう。三日くらい口聞かなかったこと、覚えてない?」
それは、覚えてる。
「絶交だとか、家から出ていけーとか、しょっちゅう言ってたわよ」
それも、思い出した。
「はぁ、来週で奈沙が死んでからもう3年になるのに、ちっとも成長しないんだから。そんなんじゃ、奈沙に笑われるわよ」
いや、そのお姉ちゃんも、今の今まで一緒に暴れてたんだけど。
成長してないのは、お互い様だもん。
「もうすぐ夕飯なんだから、それまで大人しくしてなさい。でなきゃご飯抜きだからね」
「は、はーい」
ママが出て言って、バタンとドアが閉まる。
お姉ちゃんを見ると、いつの間にかボタから抜け出していて、ボタはボタでケンカに巻き込んだ私達をジトッとした目で見ていた。
『ボ、ボター、ごめんねー。今度芹が高い猫缶買ってあげるから、機嫌直してー』
「ニャッ!」
「ちょっと、何勝手に約束してるの!」
だいたい誰のせいで、こんなことになったと……って、あれ? そういえばどうして、ケンカになったんだっけ?
ああ、そうだ。お姉ちゃんが死んじゃった日のことを話して、いつの間にか脱線しまくってたんだっけ。
けどなんかもう、どうでもよくなってきた。
『どう、芹』
「どうって、何が?」
『さっきママも言ってたけど、あたし達今まで、絶交とか出て行けとか、酷いことなんて何十回も言ってきたんだよ。それなのにあの日に限って神様が余計な気を使って、願いを叶えたって思う?』
「……思わない」
神様だって、こんな下らない姉妹ケンカに付き合うほどヒマじゃないだろう。
『つまりはそういうこと。あの事故は芹のせいじゃなくて、ただの偶然なんだから』
結局、言いたいことはそれ? たったそれだけのために、ずいぶん大暴れしたののだ。
だけど今なら分かる。お姉ちゃんの言うことは、正しいって。
あの日私が、お姉ちゃんがいなくなればいいって思ったのは事実。それはやっぱり良くない事だと思うけど、きっと何回も繰り返してきた姉妹ケンカの一つなんだ。
お姉ちゃんが言いたいのは、きっとそう言うこと。
「お姉ちゃん、3年前はゴメンね」
『あー、そういうのもう良いから。それよりも今は、紫苑君をどうするか。芹が振っちゃったから、ややこしいことになったじゃない』
うっ、それは大いに反省してる。
どんな理由があろうと紫苑君を傷つけたことに、変わりはないんだから。
それにもうひとつ。
お姉ちゃんは許してくれたけど、嫉妬にまみれた真っ黒な私を、紫苑君も受け入れてくれるとは限らない。
ギクシャクしてるし、隠し事だってある。私はこれから、どう紫苑君と付き合っていけばいいんだろう。
『だったらさあ、全部話したら良いじゃん。さっきあたしに言ったみたいに、あの日に何があって、どうして振ったかを全部』
「あ、あれを全部言わなきゃいけないの?」
「当たり前でしょ。本当に悪かったって思ってるなら、それくらいはやらないと。まあ紫苑君なら大丈夫と思うけど、ダメでも今度は芹が振られるだけだもの』
「振られるだけって、それ十分キツイよ」
他人事だと思って、平気でとんでもない提案をしてくるんだから。
『つべこべ言わない! あんた、紫苑君のこと好きなんでしょ!』
「す、好き」
『このままで良いって、思ってる?』
「思って……ない」
『だったら全部話して、今度はこっちから告白する。OK?』
お、OK……で、いいのかなあ?
何だか強引に押しきられた気が、しないでもないけど。
「でも、いったいいつ、どうやって話せばいいか」
『そんなの簡単じゃん。丁度来週の月曜は、紫苑君の誕生日なんだから。3年前のやり直しをすればいいんだよ』
そういえば。
土日をはさんだ月曜は、紫苑君の誕生日。そしてその日は、お姉ちゃんの命日でもある。
『とにかく、それで決まり。あーあ、暴れたら何か疲れちゃった。もうヘトヘトだよ』
「疲れたって、お姉ちゃんは幽霊じゃない。疲れるわけ……」
言いかけて、ハッと気がついた。
お姉ちゃんはハアハアと肩で息をしていて、確かに疲れているみたい。
幽霊になってから、今までこんなこと一度もなかったのに。
「ひょっとして、本当に疲れてるの? でもどうして」
『あー、うん。あたしも今日気づいたんだけどさ。どうも誰かに憑依したり、ポルターガイストを起こしたりすると、疲れるみたいなんだよね。幽霊パワーを、使うからかな?』
「それって、大丈夫なの?」
『うーん……たぶん』
たぶんって。
何だか嫌な予感がする。もしもこのまま幽霊パワーってやつを使い続けたら、お姉ちゃんは消えちゃうんじゃないか。
私の第六感が、そう告げている。
そして、どうやらお姉ちゃんも同じことを思ったのか、珍しく深刻な顔になってたけど、すぐに明るい声で言ってくる。
『平気平気。力を使わなければいいんだし、そう簡単に消えたりしないよ』
「本当に?」
『本当だって。少なくとも、芹が紫苑君に告白するまではね』
お姉ちゃんはベッドにゴロンと寝っ転がって、もう一度仰向けになる。
『もしかしたらあたしは、芹と紫苑君をくっつけるために、化けて出たのかもね』
冗談か本気か分からない事を言ってから、スヤスヤと寝息を立てるお姉ちゃん。
きっとよっぽど疲れているんだろう。山登りやプチ遭難をした、私よりもずっと。
「分かったよ。今度こそ必ず、紫苑君に気持ちを伝えるから」
お姉ちゃんの寝顔を見ながら、私は心に誓った。