別れが訪れるその日まで
2 奇跡の時間
私には、双子のお姉ちゃんがいた。
鈴代奈沙という名前の、私と瓜二つのお姉ちゃんが。
二人ともクリッとした目をしていて、髪型もお揃いのセミロング。
あ、でもお姉ちゃんの方が、可愛いって言われることが多かったかな。奈沙お姉ちゃんは明るくて、よく笑っていたから。
対して私は引っ込み思案。何をやっても目立たない、地味っ子だもの。
だけどそれでも私達は仲がよく、いつも一緒にいた。
なのにどうして、あんなことになっちゃったかな。
あれは今から3年前、小学5年生の秋の日。突然、奈沙お姉ちゃんが死んだ。
小学校の帰りに、交通事故に遭って。
いつもなら一緒に家に帰ってたけど、その日はお姉ちゃんだけが先に学校を出ていた。
そして交差点で信号待ちをしていた所に、居眠り運転のトラックが突っ込んできて、そのまま帰らぬ人になった。
病院に駆けつけた時、お姉ちゃんの体は既に冷たくなっていて、私はそんなお姉ちゃんにしがみついて、ワンワン泣いた。
「ウソ、ウソだよね、お姉ちゃん。ふざけてないで、目を開けてよ!」
どうしてお姉ちゃんを、一人で帰らせたんだろう。
お姉ちゃんは私なんかよりずっと明るくて、皆から好かれていたのに、どうして死ななきゃいけなかったのか。
それから時が流れて中学生になって、今では奈沙のことを知らない友達もできたけど、私は一日たりともお姉ちゃんの事を考えなかった日はない。
そんな私は未だに姉離れできない、甘えん坊な妹なのかな?
だけど、これは仕方がないって思ってる。
だって、だってさあ……。
『今日は面白かったね、抜き打ちテストを言い当てて、瑞穂ちゃんも寧々ちゃんもビックリしてたよ』
下校中、あたしの隣で小学生くらいの女の子が、楽しそうにケラケラ笑っている。
それを見て私は、何とも言えない気持ちになった。
クリッとした目に、セミロングの髪。まるで私を、そのまま幼くしたような姿をしている女の子。
きっと知らない誰かが見ることができたら、私達を姉妹だと思うだろう。
確かにそれは、間違ってない。間違っては、いないんだけど……。
『第六感が鋭い、かあ。いつの間にか変なキャラ付けがされてるね』
「本当だね。あるのは第六感じゃなくて、霊感の方なのにね、お姉ちゃん」
返事をしながら、苦笑いを浮かべる。
一見すると、私が姉。隣を歩くこの子が、妹に見えるだろう。
だけど実際は逆。私の方が妹で、どう見ても小学生のこの子こそ、亡くなった双子の姉。奈沙お姉ちゃんなのだ。
ああ、お姉ちゃん。
お姉ちゃんがいつまで経っても化けて出続けているから、私は姉離れができずにいるんだよ。
奈沙お姉ちゃんが最初に幽霊となって現れたのは、49日の法事の日。
あの日悲しみが抜けきっていなかった私は、自分の部屋で机にうつ伏せていた。
隣にはお姉ちゃんの机が並んでいるけど、お姉ちゃんはもういない。もうこの机が、使われることはないんだ。
そう考えたら寂しくて悲しくて、胸がグッと苦しくなる。
だけど、泣きそうになったその時。
『たっだいまー!』
なんと突然ドアをすり抜けて、奈沙お姉ちゃんが部屋に入って来たのだ。
え、ウソ!?
お姉ちゃんは死んだはずなのに、いったい何がどうなどうなってるの!?
私は驚いて口をパクパクさせたけど、お姉ちゃんはあっけらかんとした態度。
『なんかよくわからないけど、幽霊になっちゃったみたい。と言うわけで、しばらくよろしくー』
う、うん。よろしく……って、よろしくじゃなーい!
呑気に笑うお姉ちゃんを見て、涙なんて引っ込んじゃった。
で、それから今までお姉ちゃんは変わらず、あたしの側にいるんだよね。
そして。
『ねえねえ芹、テストの情報教えてあげたんだから、ちょっとくらいご褒美があっても良いんじゃないかなあ?』
「もう、しょうがないなあ。それじゃあお礼に今夜、好きな物をお供えしてあげる」
『やった。それじゃあ駅前のケーキ屋の、シュークリームが良いなあ。あそこのシュークリーム、美味しいんだよねえ』
目をキラキラ輝かせるお姉ちゃん。
皆は私のことを勘が鋭って言ってるけど、実は第六感の正体は、お姉ちゃんなんだよね。
どうやらあたし以外の人にはお姉ちゃんの姿は見えないし、声も聞こえないみたい。
お姉ちゃんはそれを良いことに時々フラッとどこかに行っては、クラス替えを見てきたとか、先生が抜き打ちテストやるって言ってたとか、色んな情報を持ち帰って、教えてくれるんだよね。
で、それを皆に話せば、まるで預言者扱い。本当は、お姉ちゃんから聞いてるだけなんだけどね。
けどまさか死んだ双子の姉が幽霊になって取り憑いてるなんて言えないから、勘が鋭いって事にしているの。
今日みたいにテストがあるのを教えてもらえるのは私も助かるけど、預言者だの勘が鋭いだの。本当に変な設定ができちゃったよ。
『シュークリームシュークリーム。芹、早く早くー!』
はいはい。今行くよー。
まったく。いつまで経っても子供なんだから。
昔はどっちがどっちなのか分からないって言われるくらい似ていたのに、今の私達はまるで違う。
私は成長して中学生になったのに、お姉ちゃんは小学生の頃のまま。あの頃から、少しも成長していないんだ。
そしてそんなお姉ちゃんの小さな背中を見ると、時々どうしようもなく不安になる事がある。
後どれくらい、私達は一緒にいられるんだろうって。
3年前、お姉ちゃんが死んだと聞かされた時は、信じられなかった。
お姉ちゃんともう二度と会えないと思うと……。
──辛かった。
──悲しかった。
──寂しかった。
──苦しかった。
いつかまた、あんな思いをしなくちゃいけないのかと思うと、胸が張り裂けそうなくらい、苦しくなる。
もう3年も一緒にいるんだから、このままずっといてくれるんじゃないかって、虫の良いことを考えたこともあるけど、きっとそうはならない。
元々こうしていることの方が普通じゃないんだもの。
これはきっと、神様がくれた奇跡の時間なんだ。
ずっと一緒じゃ、いられないよね。
仕方がないことだけど、やっぱり寂しいな。
センチな気分に浸っていると、前を歩いていたお姉ちゃんがくるりと振り返る。
『どうしたの、芹?』
「何でもない。さあ、シュークリーム買いに行こう」
昔と同じように、二人並んで歩いて行く。
別れの日は明日なのかもしれないし、もう少し先かもしれない。いつかは来るお別れを想像すると、やっぱり悲しいよ。
だけど今は。今だけはこの掛け替えのない奇跡の時間を、大切にしていきたかった。
鈴代奈沙という名前の、私と瓜二つのお姉ちゃんが。
二人ともクリッとした目をしていて、髪型もお揃いのセミロング。
あ、でもお姉ちゃんの方が、可愛いって言われることが多かったかな。奈沙お姉ちゃんは明るくて、よく笑っていたから。
対して私は引っ込み思案。何をやっても目立たない、地味っ子だもの。
だけどそれでも私達は仲がよく、いつも一緒にいた。
なのにどうして、あんなことになっちゃったかな。
あれは今から3年前、小学5年生の秋の日。突然、奈沙お姉ちゃんが死んだ。
小学校の帰りに、交通事故に遭って。
いつもなら一緒に家に帰ってたけど、その日はお姉ちゃんだけが先に学校を出ていた。
そして交差点で信号待ちをしていた所に、居眠り運転のトラックが突っ込んできて、そのまま帰らぬ人になった。
病院に駆けつけた時、お姉ちゃんの体は既に冷たくなっていて、私はそんなお姉ちゃんにしがみついて、ワンワン泣いた。
「ウソ、ウソだよね、お姉ちゃん。ふざけてないで、目を開けてよ!」
どうしてお姉ちゃんを、一人で帰らせたんだろう。
お姉ちゃんは私なんかよりずっと明るくて、皆から好かれていたのに、どうして死ななきゃいけなかったのか。
それから時が流れて中学生になって、今では奈沙のことを知らない友達もできたけど、私は一日たりともお姉ちゃんの事を考えなかった日はない。
そんな私は未だに姉離れできない、甘えん坊な妹なのかな?
だけど、これは仕方がないって思ってる。
だって、だってさあ……。
『今日は面白かったね、抜き打ちテストを言い当てて、瑞穂ちゃんも寧々ちゃんもビックリしてたよ』
下校中、あたしの隣で小学生くらいの女の子が、楽しそうにケラケラ笑っている。
それを見て私は、何とも言えない気持ちになった。
クリッとした目に、セミロングの髪。まるで私を、そのまま幼くしたような姿をしている女の子。
きっと知らない誰かが見ることができたら、私達を姉妹だと思うだろう。
確かにそれは、間違ってない。間違っては、いないんだけど……。
『第六感が鋭い、かあ。いつの間にか変なキャラ付けがされてるね』
「本当だね。あるのは第六感じゃなくて、霊感の方なのにね、お姉ちゃん」
返事をしながら、苦笑いを浮かべる。
一見すると、私が姉。隣を歩くこの子が、妹に見えるだろう。
だけど実際は逆。私の方が妹で、どう見ても小学生のこの子こそ、亡くなった双子の姉。奈沙お姉ちゃんなのだ。
ああ、お姉ちゃん。
お姉ちゃんがいつまで経っても化けて出続けているから、私は姉離れができずにいるんだよ。
奈沙お姉ちゃんが最初に幽霊となって現れたのは、49日の法事の日。
あの日悲しみが抜けきっていなかった私は、自分の部屋で机にうつ伏せていた。
隣にはお姉ちゃんの机が並んでいるけど、お姉ちゃんはもういない。もうこの机が、使われることはないんだ。
そう考えたら寂しくて悲しくて、胸がグッと苦しくなる。
だけど、泣きそうになったその時。
『たっだいまー!』
なんと突然ドアをすり抜けて、奈沙お姉ちゃんが部屋に入って来たのだ。
え、ウソ!?
お姉ちゃんは死んだはずなのに、いったい何がどうなどうなってるの!?
私は驚いて口をパクパクさせたけど、お姉ちゃんはあっけらかんとした態度。
『なんかよくわからないけど、幽霊になっちゃったみたい。と言うわけで、しばらくよろしくー』
う、うん。よろしく……って、よろしくじゃなーい!
呑気に笑うお姉ちゃんを見て、涙なんて引っ込んじゃった。
で、それから今までお姉ちゃんは変わらず、あたしの側にいるんだよね。
そして。
『ねえねえ芹、テストの情報教えてあげたんだから、ちょっとくらいご褒美があっても良いんじゃないかなあ?』
「もう、しょうがないなあ。それじゃあお礼に今夜、好きな物をお供えしてあげる」
『やった。それじゃあ駅前のケーキ屋の、シュークリームが良いなあ。あそこのシュークリーム、美味しいんだよねえ』
目をキラキラ輝かせるお姉ちゃん。
皆は私のことを勘が鋭って言ってるけど、実は第六感の正体は、お姉ちゃんなんだよね。
どうやらあたし以外の人にはお姉ちゃんの姿は見えないし、声も聞こえないみたい。
お姉ちゃんはそれを良いことに時々フラッとどこかに行っては、クラス替えを見てきたとか、先生が抜き打ちテストやるって言ってたとか、色んな情報を持ち帰って、教えてくれるんだよね。
で、それを皆に話せば、まるで預言者扱い。本当は、お姉ちゃんから聞いてるだけなんだけどね。
けどまさか死んだ双子の姉が幽霊になって取り憑いてるなんて言えないから、勘が鋭いって事にしているの。
今日みたいにテストがあるのを教えてもらえるのは私も助かるけど、預言者だの勘が鋭いだの。本当に変な設定ができちゃったよ。
『シュークリームシュークリーム。芹、早く早くー!』
はいはい。今行くよー。
まったく。いつまで経っても子供なんだから。
昔はどっちがどっちなのか分からないって言われるくらい似ていたのに、今の私達はまるで違う。
私は成長して中学生になったのに、お姉ちゃんは小学生の頃のまま。あの頃から、少しも成長していないんだ。
そしてそんなお姉ちゃんの小さな背中を見ると、時々どうしようもなく不安になる事がある。
後どれくらい、私達は一緒にいられるんだろうって。
3年前、お姉ちゃんが死んだと聞かされた時は、信じられなかった。
お姉ちゃんともう二度と会えないと思うと……。
──辛かった。
──悲しかった。
──寂しかった。
──苦しかった。
いつかまた、あんな思いをしなくちゃいけないのかと思うと、胸が張り裂けそうなくらい、苦しくなる。
もう3年も一緒にいるんだから、このままずっといてくれるんじゃないかって、虫の良いことを考えたこともあるけど、きっとそうはならない。
元々こうしていることの方が普通じゃないんだもの。
これはきっと、神様がくれた奇跡の時間なんだ。
ずっと一緒じゃ、いられないよね。
仕方がないことだけど、やっぱり寂しいな。
センチな気分に浸っていると、前を歩いていたお姉ちゃんがくるりと振り返る。
『どうしたの、芹?』
「何でもない。さあ、シュークリーム買いに行こう」
昔と同じように、二人並んで歩いて行く。
別れの日は明日なのかもしれないし、もう少し先かもしれない。いつかは来るお別れを想像すると、やっぱり悲しいよ。
だけど今は。今だけはこの掛け替えのない奇跡の時間を、大切にしていきたかった。